めぐり逢えたのに
私は、彼と別れる時にやってたお芝居の公演が三日から始まる事は知っていたので、そのチケットをすぐに押さえた。

どうしてもいい席で見たかったので、かなり迷ったのだけれど、母にチケットを手配してもらった。母は、急だったので一枚しか取れなかったけど、と言って私にそのチケットをくれた。私は、母と行くのはむしろ気まずいと思ってたので助かった。

彼が私と別れた頃、彼は、少しずつだったけどいい役を取ることが確実に増えて来ていたので、私たちは彼の成功を疑ってなかった。多分、だから私たちはお金なんて全然なかったけど、いつも陽気で明るく付き合っていられたんだろう。その時の舞台も、割といい役だったはずで、彼に異変がなければ、ちゃんと出てくるはずだった。

私は、少しドキドキしながら幕が上がるのを待った。

舞台の幕が上がった。私は、彼の登場を今か、今かと緊張しながら待った。

もし、彼が出て来なかったら……、私は彼に会えることは永久にないんだろう、と思った。
でも、三場面目で、彼は予定通り舞台に登場した。久しぶりに見る彼の姿だった。彼は上手にお芝居をしていたし、よく通る涼しげな声も前と変わりなかった。

私は、嬉しくて悲しくて、もう、どうしていいかわからないぐらい涙と鼻水を垂らして、お芝居が終わった時はぐちゃぐちゃの顔だった。

母が隣りにいなくて本当によかったと思う。

どこかで張っていたら、彼が出て来るところに出くわすんじゃないか、と思って私は劇場の周りをひとりでうろうろしていたが、もちろん彼に会える事はなかった。


とにかく前と変わりなく、彼が役者を目指して頑張っていることがわかって、それは良かった、と思った。
私は、残りの公演のチケットを全部買って、毎日見に言った。
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