きみと、春が降るこの場所で


広い車内でも、大の男が前席に並んで座れば多少窮屈に感じる。


「そういえば彰さん詞織に会いに来たんじゃないんですか?今は多分飯食ってると」


「今日は朔くんに用があって来たんだ。後で少し顔を出すよ」


彰さん、声に覇気がない。


押し黙って膝の上に置いた拳に視線を落とす。

フロントガラスに映る彰さんの顔を見たくないから。


「もういいだろう?詞織の事を話しても。朔くんは気付いている事もあるかもしれないが」


「眠り続ける病気、ですか」


調べたわけではなく、詞織の口から聞いたわけでもない。

ただ、いつもそばにいればわかる。嫌でも気付いてしまった事だ。


「今はまだ起きている時間が多い方だ。以前は5日以上眠り続けていた」


「は……?」


5日も、一度も起きずに?

術後とか、意識不明の状態ならありえる話なのかもしれないけれど、普通に寝て起きてを繰り返していた人間がそんなに長く眠るはずがない。


「前に詞織の病気には症状がないと言ったな。少し違うんだ。眠る事、それだけが症状として現れる」


夏の日にも、彰さんは俺を置いて淡々と話をしていた。

今も同じだ。知らなかった事を突き付けられて、すぐに飲み込められるわけがないのに。


「最近、詞織は眠っていると手先や爪先の体温が低くなるのだと、言われたよ」


「それは、どういう意味ですか」


体温なんて、気にした事がなかった。

眠いなら寝ろとは言っていたけれど、布団の中で寝かせていたから、詞織の体温に触れようとはしなかった。


「次に長く眠る事があれば、もう目を覚まさないかもしれない」


俯いていたから、わからなかった。

彰さんも下を向いて、唇を噛み締めている事に。


金槌で殴られたような衝撃とまではいかないけれど、重い何かで頭の奥の大事な部分を壊されたような、変な感覚。


呼吸は乱れていないのに、酸素が回らなくなって指先が痺れる。


中学の頃、炎天下のグラウンドを駆けた後にこんな風になった事があった。

まるで力の入らない指先。

今自分の力で立ち上がれといわれても、崩れ落ちてしまうだろう。


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