きみと、春が降るこの場所で
面会時間にはまだ余裕があるけれど、日が落ちきってから帰らせるのは心配だからと、6時を過ぎると詞織に病室を追い出される。
今日も例外ではなく、デジタル時計が6時に切り替わったタイミングで詞織が俺から離れた。
「ばいばい、朔」
名残惜しいのは、俺だけじゃない。
その証拠に、食事を取りに行くついでに廊下までなら出て来たっていいのに、ついて来ようとはしない。
今日は木曜日だから、次に来るのは土曜日。
本当は毎日会いに来たいけれど、詞織が頑なに拒否するから、無理に押し掛けはしない。
会いたいと、思っているのが俺だけではないとわかっているから、平気だ。
「またな、詞織」
さっきの仕返しに髪をくしゃりと乱してやると、唇を突き出して俺の背中を押す。
「気を付けてね」
帰りたくなくて、もう少しそばにいたくて、堪え切れなくなるから、振り向きはしない。
病室を出て、ナースステーションの前を通りかかった時、エレベーターの横に立っている人に気が付いた。
「彰さん」
たまに見るスーツ姿。何度も会っていると、少しくたびれた普段着の方が彰さんには似合って見える。
足元に視線を落としていた彰さんに声をかけると、疲れ切った瞳が俺に向いた。
目の下にくっきりと浮かぶクマを凝視していると、彰さんが乾いた笑いを零す。
「朔くんこんばんは。ちょっといいかな」
「え、いいですけど…なんか彰さん疲れてませんか」
「そうだね、最近少し忙しくて」
歯切れ悪く言って、彰さんがエレベーターに乗り込む。俺もその後に続いた。
ロビーで話すのかと思うと、彰さんは受け付けを通り過ぎて外へ出る。
困惑しながら、促されるままに車に乗り込んだ。