きみと、春が降るこの場所で
廊下の壁にもたれて、多少乱れた呼吸を落ち着かせる。
なんか、最近の兄貴は変わった気がする。
言葉に刺がなくなった…のは気のせいとして、俺が邪険にしなければ兄貴もあまり突っかかってこない。
そういうもんなのかな。
余裕がないと思い込んで、視野を狭めていたせいで、色んな物に苛立っていただけなのかもしれない。
これから兄貴は大学受験があって、これからが勝負だし、ピリピリした空気になるかもしれないけれど、なんかこう。
上手く、やっていける気がする。
鞄とプレゼントを入れた袋、それから四角い箱を持って家を出る。
さっきまで青かった空は薄く灰色がかっていて、夕方あたりになれば雪がちらついてもおかしくない。
足取り軽く、徒歩20分の道のりをいつもよりゆっくりと歩く。
朝飯兼昼飯を食べ忘れた事に気付いたのは、詞織の病室の前に立ってからだった。
「詞織ー。お、今日は起きてんな」
「あ、おはよう朔」
裸足で床に立って窓枠に肘をついていた詞織が、胸の辺りまで伸びた髪をふわりと揺らす。
たとえば、なんだけれど。
本当に口にする事はないけれど。
好きだって言ったら、詞織はどう答えるんだろうな。
姿を見るたびにホッとする。
詞織がいること、笑うこと、全てに愛しいと感じる、その意味を知っている。
「お父さん仕事なんだってね。夜に来てくれるって言ってたから、許してあげるんだ」
「じゃあ昼間は彰さんの変わりに俺が構ってやろうな」
「違うよー。わたしが朔に構ってあげるんです!」
どの口がそんな偉そうな事言ってんだ。
荷物や上着をパイプ椅子に置いて、ベッドに腰掛ける。
詞織の手を引くと、簡単に倒れ込んできた。
「朔?」
「詞織さ、ちゃんと飯食った?」
ここに来るまでに見かけた配膳車に、詞織の食事があった。少しだけ減っていたから、もう返却しに行ったんだろう。
「あんまり食欲ない」
「食わないと大きくならないぞ」
「朔が巨人なだけだもん。夜ご飯は食べるからいいの」
ふん、とそっぽを向かれても、俺の膝の上に乗っているのだから、可愛いとしか思わない。
入院食というととにかく味が薄いイメージがあるけれど、前に詞織に分けてもらった時の食事はかなり美味かった。
食わないなら俺が食ってやったのに、じゃなくて。
「体調悪いんか?」
食欲がないという事は、つまりそういう意味だよな。