きみと、春が降るこの場所で


翌朝、目が覚めてすぐにカーテンを開けたけれど、雪なんて一粒も降っていなかった。


「……頑張れよ、空」


無茶言うなって返事はもちろん返って来なくて、肩を落としながら部屋を出る。


「げっ」


「朝起きたらおはようだろ。もう昼近いけどな」


勉強でもしていたのか、眼鏡を片手にちょうど同じタイミングで兄貴が斜め向かいの部屋から出てきた。


「今日も出掛けるのか?誰だか忘れたけど、彼女の所にでも」


「だから彼女じゃねえって。出掛けるっつか、多分帰るのは遅くなる」


何が悲しくて兄貴と並んで階段を下りなきゃいけないんだ。便所なら2階で済ませりゃいいのに。


1階に下りても同じ方向に足が向いて、俺がリビングのドアを開けると兄貴も続く。


「何でついて来るんだよ」


「別にお前に付いて行ってるわけじゃない。冷蔵庫に用があるだけだ」


いや、俺だって冷蔵庫に用があるんだよ。何か食っていかねえと、詞織の前で腹鳴らす事になる。


「なあ、母さんは?」


いてもいなくても関係ないけれど、昼間にいないのは珍しい。


「友達と遊びに行くんだと。もういい歳だし、父さんも帰ってこないからクリスマスは各自で過ごせってさ」


「ふーん。兄貴は勉強漬けだもんな。ドンマイ」


「…そんな勉強漬けの兄の為に早く帰って来て夜飯作る気は?」


「無理。トーストにマーガリン塗りたくって食えば腹も膨らむだろ」


ふふん、と嫌味っぽく言うと、兄貴は頬の筋肉をピクリとさせて俺の脛を蹴飛ばす。

やり返してやろうと思ったけれど、不毛だと悟ってやめた。


「これ、持っていけ」


兄貴が冷蔵庫の中から四角い箱を取り出して、俺に差し出す。


なんだこれ、と言うまでもなく、ケーキだろうな。


「誰から?」


「母さんが置いていった。俺のとお前の。俺はいらんから、持って行って食え。シオリ、だっけな」


さっきは忘れたと言ったくせに、ちゃんと覚えてんじゃねえか、詞織の事。


「仕方ねえから、帰って来たら飯作ってやるよ」


言ってから、何だか気恥ずかしくなって、ケーキの箱を持ってその場を逃げ出す。


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