小夜啼鳥が愛を詠う
後部座席から前へ首を伸ばすと、レンガ造りの一連の建物の間にそこだけが瓦の乗った白い塀。

そして、桜!

まだ開花宣言も出ていないのに、満開!

すご~~~い!

今日なんか、寒の戻りでけっこう寒いのに、こんなに綺麗に咲くんだ。

なるほどなあ。
窯に来た私をわざわざ車で1時間以上かけて連れてきてくれるわけだわ。

それに今の時期にこんなにも満開じゃあ、私の入学式には絶対散ってしまってるはず。

ほんと、きれい……。

春秋先生と私たちを結びつけた桜。

あの日……チャリティー美術展で私がもっとも惹かれた作品は、春秋先生のリトグラフ。

後日、春秋先生がプレゼントしてくださり、今もなお私の部屋に飾ってある、あの桜。

なるほど……これがそうなんだ……。

1本だけ、白く気高く咲き誇っていて、すごく素敵。

花曇りのどんよりした空も、この桜の周囲だけ浄化されてそう。

「孤高の美ですね。」
ため息まじりにそうつぶやいた。

「……うん。実物を見て納得した。白黒のリトグラフこそがふさわしい……。センスありますね。おみそれしました、春秋先生。」
野木さんの感嘆は、桜の美ではなく、この桜をリトグラフ昨品にした春秋先生が対象らしい。

「お。野木ちゃんが俺を褒めてくれるって、珍しいやん。」
春秋先生は冗談っぽくそう言ったけど、うれしそうだった。

「夜も綺麗でしょうね。」

心持ちゆっくり車を走らせてくれている春秋先生にそう言った。

春秋先生は、ちょっと笑った。
「……綺麗だよ。でも夜は神聖すぎて、俺の手に余るってゆーか。……野木ちゃん、チャレンジしてみたら?」

「え!……あのリトグラフを超えられる気がしない……。」
野木さんにしては気弱な言葉だった。

「別に超える超えないって問題ちゃうやん。それにあれは俺にとっても特別。」

特別……?

「恋の思い出でもあるんですか?」

そう尋ねたら、春秋先生は
「ま、そんな感じ?……俺じゃないけどね。」
と、ごまかした。

ふ~ん。

あ、そうだ。

「私の母は、あのリトグラフを観てこの木だとわかったようでした。もしかしたら、母にとっても特別な木かもしれません。」
< 248 / 613 >

この作品をシェア

pagetop