彼女は僕を「君」と呼ぶ
後ろ席の五限目
珍しく朗らかな日、太陽を隠す雲もなく真上からゆっくりと傾きかけた光は暖かい。

購買でパンとカフェオレを買って、冷たくなる一歩を辿るここでの昼食にも慣れた。

食事の際には流石に彼女は背伸びをやめ、膝の上に小さな弁当箱を開き、先の丸いフォークで中身をつつく。その瞬間だけは対面できる貴重な時間である。

ここで一つ、彼女にまつわる事、延いては維自身の事で話に花を咲かせたいところだが、それはもう諦めている。

もぐもぐ小さな口を一杯にして詰め込み急ぐのは、小野寺教諭の席の後ろにはコーヒーメーカーやらが並び、昼休みには頻繁に使用されるからだ。

席が近いのも大いにあるが、下っ端の宿命と言えるだろう。

そんなささやかなチャンスを逃すまいと、ハムスターの様に彼女の頬が膨らむ。

可愛いな。なんて思いながら維はパンの袋を開けた。

購買部おすすめの本日の調理パンはカツサンド、カツがよくタレに漬かっていて、表面にまぶされたブラックペッパーが良いアクセントになっている。

彼女に合わせてゆっくりと食べているつもりだが、一口、二口、三口目にはもうパンの端っこしか残ってはいない。

別に維が食べ終わろうが彼女にとっては関係ない事なのだろうが、それでも一生懸命口を動かしているのを見ていると、合わせて食べてやった方が不自然では無い気がする。
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