彼女は僕を「君」と呼ぶ
「好きなの?」

これは結構堪えるな。維の心は針で突かれるような痛みを伴っていた。

好きだと自覚した相手から、他人を見ろと諭されているのだから仕方がない。

モヤモヤとする感情はあの風船が静かに膨らみを増す。中は空気でもなければガスでもない。それでも確かに質量を増していく。
そして、

「いや、」
「好きにはなれそう?」
「…多分、そういうんじゃない」
「ふってあげるならちゃんしないとズルズル引き摺るだけだ。好きな人がいないのなら真剣に考えてもいいんじゃない?」

パンと風船は以外にも小さな音で破裂した。

中から溢れ出てくるのは黒い感情。悲しさとか切なさとか、後は嫉妬と八つ当たり。

「満島にだけは言われたくない」

自分でも驚く程に冷たく、苛立ちを孕んだ声が出た。

小野寺教諭を見ている彼女を好きになった。名前も知らず都合のいい話し相手を演じているのは自分自身だ。

何より、振られると分かっていて伝えるなんざ、そこまで出来た男じゃない。そこまで思考が辿り着くと、最後に行き着くのは、彼女自身伝えもしないくせに。だ。

すると彼女は目の前まで来て影を落とした。まだそちらの方が高い。

覗き込む様にこちらに視線を寄越して言った。

「そうかもね」

怒りでも悲しみでもない。ただ、受け入れられた言葉の方がよっぽど堪えた。
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