彼女は僕を「君」と呼ぶ
勝手に傷ついて、八つ当たりして。彼女からも逃げてしまっている。

もう一層の事、久野を好きになる努力をしてみようか。

そんな都合のいい事は久野に対しても自分に対しても出来る訳もない。

ただ、もう間もなく春休みだ。小野寺教諭の結婚式がある。

新学期が始まれば、彼女のあの行動も途端に終わってしまうだろう。その後は考えた事もなかった。

ただそこに居て、踵を上げる姿が見れなくなるかと思えば、寂しいものだが、諦めてしまうには丁度いいだろう。

ぼんやりとそんな事を考えながら、視界から彼女を追いやる。

その端でふと、何時もとは違って見える事に気づきまた戻してしまった。

今日の彼女はなんだか違う、どこが違う?
あぁ、あのローファーだ。

背伸びばかりするから先ばかり擦れて減っていくのに、今日履いているのは遠目に見ても真新しいものだった。

似合ってないね。

そんな事も言える距離ではない。
今一番近いのは小野寺教諭で、その距離を離れた後、彼女の表情は一変する。
あれは後悔の色だ。悔しさも混じって今にも泣きだしそうになる。
ぎゅっと唇を噛んでしゃがみこんだ。
泣いているかもしれない。

そう思うと、駆け出したくなるが一歩が前に出なかった。
何を言っても小野寺教諭を挟んでの事で、彼女が維の言葉を聞くとも思えない。

けれど、泣いていた彼女を一人きりにしてしまうのか。

「ごめん、島崎」
「ん?」
「先に行ってて、後で行けたら行く」

島崎の返答を待たぬまま降りてきたばかりの階段を上った。
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