アタシ、好きって言った?
逢いに行くよ
11月16日。
たくみのバイクが輝きを取り戻した。
ガソリンを入れバッテリーを取り付ける。
オイルの香るガレージの中で大きく深呼吸をした。
「たくみ・・・元通りになったよ」
部屋から持ってきた写真を棚の上に置き、ビールと火をつけたタバコを置いた。
何度か空キックをし、スイッチを入れた。
アクセルを煽り、ガソリンを流し込む。
キックペダルに右足をかける。
「珍しいペダル付けてるんだね」
たくみと初めてあった時を思い出す。

「いくよ」

たくみに声をかけた。

右足を踏み降ろすと、
「バン!」
と音をたてエンジンが回った。
暖気をし、アイドリングを下げるとたくみのショベルのリズムだった。
「直った・・・」
バンドのメンバーに写真を送り、ナツにメールした。
「夕方逢いに行くよ。バイク直ったよ」
すぐにナツから返事がきた。
「OK!お店に来て!今日遅番だから20時までいるから!事故らないでよ!」
たくみのメットを手に取った。
「たくみ・・・一緒に走ろうな」
仙台までの道のりの間、たくみのバイクは嬉しそうにリズムを刻んでいた。
山々の間を吹き抜ける風は冷たかったが、久しぶりに火の入ったエンジンを冷ましてくれた。
早くナツに逢いたい気持ちがアクセルを開けさせた。
ナツの店の前にバイクを停めた。
店の中に入るとナツと同僚の女の子が「いらっしゃいませ!」と声をかけてきた。
「じゃあごゆっくり」
同僚の女の子がナツの肩をポンと叩いて違う部屋に入っていった。
「お久!バイク直ったじゃん!」
「うん・・・」
久しぶりに見たナツはとても綺麗だった。
サラサラの髪も華奢な身体も。何も変わっていなかった。
「携帯変えようよ!」
「うん。」
「アタシと同じのにしよ?色はどれがイイ?」
ナツはテキパキと作業を行っていった。
手続きが終わるとナツが言った。
「先にあの店で待ってて。アタシ、バスで行くからさ」
「バイクの後ろに乗らないの?メット持ってきたよ」
僕はガッカリしてナツを見た。
「乗らないよ。先に行ってて」
何も言えなかった。
久しぶりに逢ってナツの笑顔を失いたくなかった。
バイクはいつでも乗れるから。
そう、思った。
「分かった。先に行って待ってるね」
「スーツ似合ってるよ!OLさんみたい」
そうナツに伝えると
「みたいじゃなくてOLだから」
とナツは笑いながら僕を叩いた。
ナツの笑い顔。
涙が出るほど綺麗だった。

荷物を革のカバンに入れエンジンに火を入れた。
店の中に目線をやるとナツは手を振っていた。
バイクにナツが乗らなかったのはガッカリしたけど、ナツに逢えただけで僕は嬉しかった。

待ち合わせの店の下にバイクを停めた。
店に入るとバイクが見える窓際の席に座った。
いろんな思いが頭の中を駆け巡った。
コーヒーを飲み終えた頃ナツが隣に座った。
「お腹空いたー」
「すいません!パスタセットお願いします!」
早々とナツは店員にオーダーを伝えた。
「バイク寒かった?」
「ううん。大丈夫。」
ナツは窓際に顔を近づけバイクを見ていた。
「音スゴいね!お店の子びっくりしてたよ。彼氏?って言われちゃった」

僕は言葉が出なかった。

「あっ!携帯の設定まだでしょ?貸して!」
新しい携帯をナツに渡すと慣れた様子で
ボタンを押していた。
「ナツ?今日何時まで大丈夫?」
「ゴメン。もう帰るよ。」
もっと一緒にいたい。
久しぶりに逢って話したいことがたくさんあるんだ。
でも言えなかった。

食事が終わり店を出るとバイクの前でナツの手を握った。
このまま君を連れて行ってしまいたい。
離したくない。
でも、そんな想いを伝えられなかった。
「じゃあ、またね。」
笑ったナツを失いたくなかった。
「うん。」
「携帯分からなかったら連絡して。慣れるまで時間かかるから。」
「分かった。じゃあ、おやすみ。」
ナツは笑顔で手を振り、交差点の人ゴミの中へ消えて行った。

ナツのマンションとは逆のホテル街の方へ。

僕は寒い風の中、ナツと逢えた嬉しさだけに身を委ねバイクを走らせた。

誰かと肌を重ねているナツを想うと、胸が張り裂けそうだった。
肌に刺さる風の刃がよりアクセルを開けさせた。
まるで、ナツの痛みを分かろうとするかのように。
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