キミが欲しい、とキスが言う


「あなたが男に愛想ふりまいてるのとか見ても楽しくないですしね。むしろやめてほしいって思っているので、絶対に行きません」


なによそれ、と笑おうとしたけど、頬が強張って笑えなかった。
細い針に刺されたみたいに心臓がツクンと痛い。

今まで付き合った人の中で、仕事を辞めてほしいなんて言った人、いなかったなぁ。

それが楽だし、理解があると思っていたけど、果たして本当にそうだったのかしら。
あの人たちはみんな、今の馬場くんみたいなやきもちは焼いてはいなかったってことよね。

でも、現実問題として、今の生活を支えているのはあの仕事だ。辞めろと言われたところで辞められるわけがない。


「辞めないわよ。……というか、辞めれないわよ、生活かかってるんだからね」


じゃあ、と鍵を開けて家に入ろうとしたら、扉を大きな手に抑えられる。

ちょうど背中からおおわれるような格好になったけれど、宣言通り私に触れてはいない。


「俺は、前に言ったこと証明するためにここに来たんです」

「え?」


振り向くと思った以上に近くに顔があった。触れはしないぎりぎりの距離からの彼の息で、耳がくすぐられる。


「おやすみなさい」


馬場くんは、言うだけ言ったらすぐに体を離し、さっさと部屋に入ってしまった。
戸惑っている私ばかりが、静かな廊下に残される。


「……前に言ったことって、なんだっけ」


私には考えなきゃならないことが多すぎるのよ。
これ以上頭を悩ませるのはやめてちょうだい。

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