キミが欲しい、とキスが言う


 それから数日後、私は幸太ママと待ち合わせをした。夏休みの親子プールの日に配るおやつの買い出しだ。近くのスーパーに一人予算三百円分の詰め合わせを二十人分注文して、帰りがてら喫茶店でお茶をする。


「取りに行くのは私やるわ。車無いときついし」

「ん。ごめんね、幸太ママ」

「いいわよ。当日はいっぱい働いてもらうから」


 幸太ママの好きなところはこういうところだ。他のお母さんは「いいわよ」と言いつつ陰で文句を言ったりするものだけど、幸太ママは私にもやれるところで指示してくれるから、そのとき動けなくても気持ちが軽くなる。


 ウェイトレスに注文を告げたあと、幸太ママは急に前のめりになった。


「ところでさ、馬場ちゃんだっけ? どうなのよ」

「幸太ママまで“ちゃん”付けで呼んでるの?」

「だって幸太がそう呼ぶんだもん、うつっちゃった」


幸太くんの家で、馬場くんが話題になっているのかと思うとおかしい。ふたりで顔を見合わせて笑った。

今日の幸太ママは髪を結いあげてタンクトップに日除けのストールを羽織っている。私より二歳ほど年上だけど、あっさりしたお化粧ではつらつとした彼女は、むしろ若々しく見える。

母親になってからの綺麗って、こういうことなんだと思う。

造形の美しさより、人柄が表に出るというか。今までの生き方が美しさを作るという感じ。女性が年を重ねるうえで大事なことは、心を育てることだったんだなと、今更ながらに気づく。

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