秘密結社「シェラミ」
秘密結社「シェラミ」

もてない男たちのクリスマス

歴史に「もし」はない。だが、わが秘密結社にifはある。仮定が罪になるという法はない。それがたとえ、反実仮想、もしくは接続法第二式であったとしても。妄想は人を救う。愛の妄想が。これは、あるサークルに集った奇人変人たちの妄想譚……。

「寒いな」
「寒い」
「寒いよ」
「……お前ら、黙ってチラシを配れ」
こんな会話を先ほどから繰り返しながらチラシを配るのは、我々のサークル「秘密結社Schelami(シェラミ)」の同胞たちだ。我々は、このクリスマスファシズムの吹き荒れる中、もてない非リア充男子学生同士として、互いに固く「同志」の契りを結んでいる。ちなみに、シェラミとは、「Schein」(仮象)と「Belami」(モテ男)との造語であって、何代か前の結社代表――「書記長」が、独文科出身だったのでつけた名前だ。
 今日は、この資本主義の鬼子たるクリスマスイブである。そんな中、我々は構内で秘密結社の新しき同志を求めて、チラシ配りをしている。いつもこの時期には入会者が増えるが、春までには収まり、皆晴れやかに「彼女」という名の「まぼろし」を携えて脱会していく。そんなイベントごとでゲットした「彼女」など、どうせ続きやしない。実際、わが結社には出戻りも多くいる。出戻りたちは、ある日意気揚々と「彼女」をひっかけて去るが、数か月経つと、部室の隅で縮こまってパイプ椅子に収まっている。わが結社は、「去るもの追わず」の精神であるから、改心した連中のセーフティーネットは万全である。
「堂子(どうし)根(ね)さんの手を、早く帰って温めてあげなきゃな」
「そうだな。彼女はかよわいから、この寒さには震えているだろう」
我々は、俄然元気になって、チラシ配りに熱を入れ始めた。
「『シェラミ』のチラシだよ!もってけドロボー!」
と、たたき売りのような真似までして、ようやくノルマを配り終えた。

申し遅れたが、僕は「シェラミ」同胞の中でも新参者の、法学部の岩沼という。去年のクリスマスイブに、「ここは日本だから、蕎麦でしめようぜ」と、彼女を行きつけのうまい蕎麦屋に誘ったら、哀れみを込めた目で、「クリスマスイブにしていいことと悪いことがあるのよ」張りにお説教を食らった挙句、一方的に別れを告げられた。そんな寒い僕の懐と心を、少しでも慰めてくれたのが、ここ大学構内でチラシ配りをしていた秘密結社「シェラミ」なのであった。
そして、今では「堂子根さん」一筋である。僕は、配り終えたチラシの帯をかき集めて、いとしの「堂子根さん」のもとへ、皆と向かった。

「堂子根さーん、帰ったよー」

部室に灯りが付けられた。壁の隅で、にっこり笑う「堂子根さん」は、真冬にも関わらず、水着姿で、こちらを煽情的に見つめてくる。
そう、「堂子根さん」とは、古いポスターやら看板を集めるのが趣味だった、何代か前の「書記長」が遺していった「アイドル」まさに「偶像」なのである。ゆえに、厳格なキリスト者である結社員の中には、これを認めず、心の中のえもいわれぬうるわしの乙女として、彼女を神格化している。
「堂子根さん」とは、南欧文学研究科の学生が命名したらしく、『ドン・キホーテ』の想い姫ドゥルシネア姫から取られたという。言いえて妙である。まあ、それが通じるのは名字だけであって、名前の方は適当にめいめいが好きな呼び方で呼んでいた。ちなみに僕は、「法子さん」と呼んでいる。

この秘密結社の最大の特徴。それは、このイメージ、偶像の「堂子根さん」を中心に全てが回るということだ。12月にはクリスマス、1月には初詣、2月にはバレンタイン……と、もてない男たちがリア充をひがむしかないこの季節の節目に、「堂子根さん」だけは、我々の妄想に付き合って、楽しい青春を送らせてくれるのである。まさに菩薩、マリア、天使。

繰り返す。妄想は人を救う。妄想の恋人を持って何が悪い。こう言っては何だが、断じて思想犯ではない。行き過ぎてしまっては、精神神経科の閉鎖病棟にお世話にならなければならないかもしれないが、僕たちの段階ではかわいいものである。あのアンネ・フランクだって、日記の中に架空の友人を作っていたではないか。

そんなわけで、妄想のクリスマスパーティーが開かれた。部室に持ち込まれたビール瓶に、安いおつまみ、どこからか仕入れられてきた、憎きサンタのフィギュア(これを持ち込んだ工学部の井上は、全メンバーの前で共同体異分子として摘発された)、それから「禍々しい」プレゼントが乱雑に積まれる。「プレゼント交換」は、「堂子根さん」の美しい水着姿の下、取り行われる、ひそかに皆が楽しみにしているイベントである。とはいっても、野郎ばかりのこのパーティー、普通のものが手に入るはずはないのであるが。

「ビール、もうないのかよ」
「ここらでお開きにしましょうか」
結社員たちは、皆とろんとした目でお互いを視認していた。
「堂子根さんが見てますよ。粗相をした者は許さず、ですって」
ここで後輩の、農学部の松田がさりげなく脅す。実は、「書記長」の中国史原田先輩は、酒癖が悪く、いつも絡んできては喧嘩になる。そして、挙句の果てに、弱いはずの酒の飲み過ぎで粗相をする、というわけだ。
「Dame・堂子根さん!あなたはなぜにかくも優しく美しく……」
独文科の森崎が、酔ってろれつの回らぬ舌で、詩らしきものを吟じ始めたが、誰も聞いてはいない。

「はいはい、プレゼント交換ですぞ」
医学部の白井先輩が、ぱんぱんと手を打ち鳴らして叫んだ。先輩は、急性アル中対処のために必ず集会に呼ばれる、本人曰く「医者もどき」である。
「プレゼント交換……」
僕は、去年のことをぼんやり思い出した。去年は、彼女にふられた痛手が治っていなかった。そこに塩をすりこんだのが、超のつく笑顔で仏文科の江島がにやにやと持ってきた、「昼顔」という映画であった。このDVDが見せた闇に、僕はしばらく立ち直れなかった。
今回は、そんな思いをしたくない。せめて、江島に仕返しを。
僕は、わびしい音楽(なぜか「怨み節」であった)が流れる中、江島にプレゼントが渡る瞬間を見計らって、ラジカセのボタンを止めた。プレゼントは、各人の手中にある。
「開けますか」
皆、無言になって包みを開きはじめる。白井先輩が声を上げた。
「なんとこれは!!大吟醸のミニチュア瓶!」
「あ、……それ、賞味期限切れてます」
森崎が、ささっと聞こえるか聞こえないかくらいの音量で言った。「医者もどき」は、きっと胃痛くらいにはへこたれないであろう。
「これは!ビ〇コとチ〇ルチョコの詰め合わせか。もっとましなもん買ってこい!」
酒が入って威勢が良くなった原田先輩が、駄菓子を床にばらまいた。なんともったいない。
「これは!!べリヤの銃殺マトリョーシカ……!頭の後ろに弾痕まで。素晴らしい!」
露文科の高木が、恍惚としてマトリョーシカを抱く。そうだ、こいつはソ連時代の作家が好きで、すぐ粛清したがるのだ。それにしても、そんなレアなマトリョーシカをプレゼントの中に紛れ込ませたのは誰だ。
「お、次は俺だな~」
江島が、プレゼントの包みをがさがさと開けた。箱は大きい。彼は何かの期待をしているようだ。
「おお、何が入っているのかな~!?」
彼がぱっと箱を開けると、そこには色とりどりの小さな包みが、数十個。ピンク、赤、黒……と、どことなくエロティックな色をした包みたちを一つつまんで、江島は声を上げた。
「ちくしょう!恋人なんていないのに、避妊グッズもらってどうするよ!」
……陰険ではあるが、これで僕の復讐は完了した。
クリスマスパーティーという名の、野郎の野郎による野郎のための忘年会は、これにて閉幕した。下っ端の僕と、後輩の松田が後片付けをし、やっぱり酔って粗相しかけた原田先輩は、酷なことに雪のちらつく夜のベランダに放置されていた。白井先輩の見立てでは、吐くものもないし、明朝までには目が覚める、自分がついているからとのありがたいお言葉であった。

「来年も、いいことあるといいですね」
松田が、散乱したビール瓶を片づけながら言う。
「来年の話をしていると、お前ほんとに堂子根さんの魅力から離れられなくなるぞ」
「堂子根さんは絶対です」
松田の目は、うるんでいた。
「堂子根さんの畑には、どんな作付をしたらいいんでしょう。どんなものをうまく育てたら、彼女の豊満な肉体がますます美しくなるのでしょう」
「とにかく、連作障害が出ないように、毎回同じ内容のイベントはやめておいたほうがいいな」
僕は、ナス科の植物を念頭に置いて言った。松田は、どう輪作するかな~、などと、イベントを農作物の作付で考えているらしい。

「ああ……ホワイトクリスマスだな」
外に出て、缶や瓶、食べ散らかしたものを捨てていると、雪が舞ってきた。これが恋人といっしょであれば。何が悲しくて野郎だけのパーティーに参加せねばならないのだ。
だが、これも結縁である。
来年こそは、きっと恋人と過ごす。そんな儚い夢を抱きつつ、僕はごみを捨てに行った。

メリークリスマス、全てのもてない野郎たちへ!!

(了)
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