わたしは元婚約者の弟に恋をしました
 両親はもちろん、わたしが彼の両親にあいさつに行くことは知っていた。

 今日の夕食は準備しなくていいのかと聞かれたくらいだ。まさかこんなに早く帰ってくるなんて考えもしないだろう。

 向こうの両親に急用ができたというならともかく、見知らぬ女性に泣かれ、帰ってきたなど親には言いたくなかった。駅まで戻り、近くをうろついてもいいが、親に目撃でもされると余計気まずくなる。

 それに雄太の前で笑ってはいたが、心の中には複雑な気持ちが渦巻いていた。言いたくないと言っても、彼の親に会わなかったことだけは伝えないといけないだろう。親に話をするには、心の重荷を少しでも軽くすることが必要だ。わたしは気持ちを整理する時間を求め、その足でっふらりと駅の外に出ることにした。

 さっきの彼と歩んだ道を逆方向に歩くことにした。彼と家との逆方向を意識したわけではなかったが、同じ道を歩くことで雄太との気まずい時間の欠片を感じ取りたくなかったのだ。

 途中、住宅街の奥に入り組んだ場所に、人気のない小さな公園を見つけた。わたしはそこで時間を潰すことにした。

 ベンチに乗っていた枯葉を払い、そこに腰を下ろす。そして、持っていたケーキの箱を隣に置いた。

「なんか、バカみたいだな」

 そう自嘲的な笑みを浮かべた。
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