イヌオトコ@猫少女(仮)
謝ろうとした葦海らしからぬ言葉も、あっさりと掻き消される。


確かに部活は、半強制的とはいうものの、家庭の事情や健康状態など、


無理でない範囲で入ることを勧められる。


将来の就職、転職などの際、履歴書を埋めるのに有利だという、学校の配慮でもある。


興味がないので何もしていません、というよりは、



結果は出せずとも、スポーツで頑張りました。芸術は得意です。機械弄りが好きです。


社交性やリーダーシップで評価されました。


学校以外でもボランティアや町内の掃除に貢献しました。など、


引きこもりで人と接することも拒む人間を率先して雇う会社はそうはない。


芽が出るかもしれない。膨らむかもしれない。何かに繋がるきっかけを作れるかもしれない。


興味があるなら試してみなさいという、チャンスだということだ。


「いや、あかんて!辞めんでええから!やめたらあかん!とにかく戻れ!」


これでやめられたら、本当に終わってしまう。それは困る。


「いやいや、何で困るんや、俺。違う違う」


我に返り、再び腕を掴もうとした。

が、


もう触れることはできなかった。

「もういいですか」


頭を掻きむしる。どうしたらいいのか、どうしたいのか。


「ああ、そうや。その、えっと、お、親御さんには、なんか言うたんか?」


そんなことを言いたかったわけではなかった。


言葉を繋ごうと、そんな言葉しか出なかった。


自分でも最低だと思った。


覆水盆に返らずだ。


「何か言われて困るんですか?
ああそうか、部員を辞めさせてクビになるのが怖いんですね。

大丈夫ですよ。変なこと言いませんから」


驚いていた。笑結の口からこんな言葉が出ようとは。


失望していた。


嫌いと言われ、いじめると言われ、告げ口をするなと。


追い打ちを掛けられた。


「その代わり、もう私に関わらないでくださいね?嫌いなんでしょう?」


「う……」


いつになく笑結に畳み掛けられ、違うと言いたいのに、謝りたいのに、


言葉が出なかった。


さっきの小さなごめんで精一杯だった。


ぴりぴりとした空気に、負けてしまったのだった。


***

どうしても、もやもやがとれず、

いてもたってもいられなくなった葦海は、


部活終わりの足で桜水家を探すことにした。


無謀な賭けだったが、どうせ学校で粘っても埒が明かない。


考え付くことは逢たちと同じだった。


いつも乗るバス停から逆算して、近場に駐輪場もない。


徒歩10分圏内の、マンションから手始めに探すことにした。


5階建てのマンションが5棟ほど並んでいる。


建物自体をの入り口扉を入ると、左手に縦長の郵便受けがずらりと並んでいる。


右手は管理人室のようだが人の気配もなくカーテンが閉まっていた。

その奥にガラス扉があり、エントランスがある、オートロックになっていた。


表札の出ていない部屋も多く、探すのは骨が折れると覚悟した。


が、


2棟目の入り口でバッグから傘が落ちた。


探してみると、ローマ字表記で、サクラミ、とあった。


珍しい苗字だし、当たってみる価値はある。間違っていれば謝ればいい。


インターホンを鳴らすと母が出た。

一応映像付きらしい。


「どちら様…?」


突然の見知らぬ客に、戸惑っているのがわかった。


「夜分恐れ入ります。お嬢さんの学校の者ですが」


少し間があった。本人に確認しているのだろう


「あの、申し上げにくいんですが、会いたくないと…」


声からにじみ出る不安は、家主の不在が一番のようだ。


予想はしていたが、返って意地になる。


「ほんなら、ここで待ってますわ」

「えっ?それは、そをなことされたら困ります!」


「いや、大丈夫です。適当に帰りますんで」


家がわかれば出直すまでだ。

が、

5分ほどして開いた。無下にも出来ない、と母が気遣ったのだ。


「やっぱり、寒かったっす!!」


部屋に入るなりトイレに飛び込む。


「あの、よかったら、温かいお茶、どうぞ」


恐る恐る様子を窺う。


仮に本当に学校の関係者だったところで、こんな時間に何の用だ、と。


「頂きます!すんません!」


そこそこ熱いお茶だったはずだが、ほぼ一気に飲み干した。


と、いきなり腹が鳴る。


「もしかしたら、何も召し上がってらっしゃらないんでしょう?

さっき食べたカレーの残りでよければお出しできますが…」


「ありがたい!!よばれます!」


どこまでも図々しい。


「よばれ…?」


「ああ、いや、頂きます。大阪弁で頂くって意味で」


「ああ、関西の方なんですね?」


他府県の、特に関西人には興味があるようだ。


テレビでしか見たことがない。


「…で、何しに来たんですか?」


キッチンに入りカレーの鍋を温め直す母。


気になっていて聞けないことを笑結がようやく口にした。


「わざわざいじめに、家まで押し掛けてきたんですか?」


表情はましだったが、空気が冷たい。


「えっ?いじめ?学校でいじめられてるの?笑結?」


心配そうに葦海を見る母。


「いじめやなんて!!とんでもないです!」


慌てる葦海。ごほん、と咳払いすると、


「ああ、いや、その、お嬢さんが可愛らしいもんで、からこうてただけなんですけど」


「よかったわね、笑結。可愛いだなんて」


「本気にしないでよ!お母さん!こいつはいい加減な人間なんだから!」


「あら笑結!こいつだなんて、失礼よ?年上の、しかも学校の先生なんでしょう?」


いつもの娘とはまるで態度が違うことに戸惑っていた。


「だって!こんな時間に連絡もなく来るのも、どうかと思わない!?」

壁の時計を見ると8時になろうとしていた。確かにそうだ。


葦海の味方をされたことに膨れる笑結。

と、

にゃあん?と、

ミィがどこからか姿を見せた。


「あら?ミィ、珍しいわね。男性のお客さまなのに、ご挨拶?」


「おお!!猫やん!!ミィっていうんか?おいで、よちよち」


服に毛が付くのも構わず、
迷わず抱きかかえて赤ちゃん言葉になり頬ずりまでする。


「め、珍しいこともあるわね。この子、人見知りするのに。とくに男の人には懐かないのよ?」


飼い主に似るとはよく言ったものだ。


猫がいるのを知っていて
マタタビでも付けてきたのかと思うほどの懐きように、


驚く母子。


「この子、お父さんにもあまり懐かないのよ?男の人、怖いみたいで」


「えっ?そうなんか?めっちゃ可愛いやん!」


静かな部屋とはいえ、


聞こえるほどゴロゴロと大きな音で喉まで鳴らし、心地良さそうにしている。

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