華麗なる人生に暗雲があったりなかったり




 美容師が鏡越しに腕を組んで大きく頷いた。


 確かに、さっぱりした。


 そろそろ切らないとマズいな、とは思っていたところだったし。


 最後にワックスを付けられたのが嫌だったが、まぁ、姉貴が払ってくれるのだから我慢した。


 もうこのまま帰るか。


 そう思ったが、二人はすでに戻って来ていた。



「お兄ちゃんがまともになった!」



「うむ。これでこそ私の弟だ。美しい!」



 好き勝手なことを言って、美容師と三人で満足げだ。


 そして俺は二人の荷物持ちから、着せ替え人形へと立場が変わった。


 人間から人形だ、降格も甚だしい。


 二人があれだ、これだと服を押し付け、俺を試着室に放り込む。


 もう、水野のアホ面を思い描くことはしなかった。


 これは直接、あの頬を思いっきり引っ張って、どこまで伸びるか測らないと気がすまない。


 服に袖を通せば、確かに着心地は良くて、しっくりくる。


 スーパーだとサイズに頭を悩ますが、ここには俺のサイズがあるし。


 しかし、姉貴の散財ぶりには驚くばかりだ。


 一人暮らしの貧乏学生と、高給取りとを比べても仕方がないけどな。


 着せ替え人形になりながら、何件も店を回り午後も大量の紙袋が俺の手にはあった。


 俺のだけではなく、二人の紙袋もある。


 最後に靴屋を見て、買い物を終えた頃には八時。


 そして、焼肉を食べ、姉貴をマンションまで車で送り、美玖と二人で俺のアパートに戻った頃には十一時過ぎ。


 明日の待ち合わせが早いからと、美玖は俺を押しのけて風呂にさっさと入り布団を被った。


 携帯を開いてみると、ちゃんと二日間仲良くできた?


 そんなメールが入っていた。


 もう誰からかのメールだ、と言うことも馬鹿らしい。


 俺は昨日と同じく、携帯を放り投げた。




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