ピュア・ラブ
「お、もう直ぐだよ。お賽銭の用意ね」

ポケットに入れていた私の手を中で動かして合図をした。

「うん、いくら入れるの?」
「そういう黒川はいくらだよ」
「100円」
「え~」

やっぱり安いか。時々、散歩がてら参拝に来るときはいつも100円を賽銭として入れる。その感覚で言ってしまった。

「1000円」
「よし、のった」

賽銭箱の前に到着すると、滑り込ませるように札を入れた。
合せた手は片方だけが温かかった。
願い事は毎年同じだ。「何事もなく慎ましやかに暮らせます様に」。波風立てる暮らしはもうこりごりだ。私は、静かに本を読み、誰にも邪魔されずに心穏やかに暮らしたい。それが、ささやかな願いだ。だけど、今年は、もう一つ付け加える。
「モモが幸せでありますように」
モモが私に幸せを運んでくれた。だから私は、モモが健康で、幸せである様に最善をつくす。どんな時も一緒だ。

「モモのこと?」

やっぱり橘君はお見通しだ。
私は、黙って頷くと、後者に最前列を譲った。
来た参道を戻るときも大変だった。
アパートに帰ったらとりあえずコーヒーを飲もう。そしてテレビを観て、お菓子を食べて、モモと遊ぶ。午後になったら、屋台に何か買いに来よう。なかなか前に進まない参道を歩きながら、今日の予定を組みたてた。
今年の正月は短い。有意義に過ごさなければ。

「離さないよ」

彼は今、なんと言ったのだろうか。

「アパートに帰ってのんびりしようと思っているかもしれないけど、離さないから」
「あの、何かまだ用はあるの?」
「今、黒川が考えていた事をするだけ。アパートに帰ってモモと過すんだろ? そこに俺も加えてよ」

えっと、お好み焼きが、焼きそばが、あんず飴が。いや違う、前にあがって貰った時とは訳が違う。

「俺さ、出店のメシ好きなんだよね。高いけどさ。お好み焼きと、焼きそば、それと何を買って行く?」
「綿あめとあんず飴」
「ははっ、甘いのばっか」

いけない、のせられてしまった。この時点でもう元旦を一緒に過ごすことになっている。
予定外のことを組み込まれると、対応が出来ない。それは変わらない。だから、なかなか進まない参道をゆっくりと歩きながら、さっき組み立てた予定を組み直す。
屋台でご飯を買って、家に帰る。モモにご飯をあげて、それから……。
そう、お正月のテレビ番組を一緒に観ればいい。でも、橘君は何時までいるのだろう。まだお昼にもなっていない時間だ。正月番組はだらだらと長く放送している。観る物には困らない。もともと私が話しをしないことを彼は知っている。だから無理やり話題を探すこともない。
もし、夜までいるのなら、その先のご飯はどうすればいいのだろう。お菓子は沢山ある、もしかして、私が作ったお雑煮とかを食べて貰えばいいのか、やっぱり人は面倒なものだ。
モモを拾ったあの時に、たちばな動物病院にモモを連れて行ったあの時に戻れるなら、違う病院を選択する。そうすれば同級生であった橘君とも出会う事はなかった。
私は、今まで過ごしてきた日常が崩れることもなかたし、こんな悩みも生まれなかった。

「少し困ってるだろ? でも俺は譲らないから」

そう言われ、モモと橘君と私がお正月を過ごしている所を想像した。

< 102 / 134 >

この作品をシェア

pagetop