クレーマー
お父さんがテスト用紙を見て何度も頷く。


「でも、勉強はできなくてもいいぞ」


その言葉にあたしからスッと笑顔が消えて行った。


「とにかく優しい人になりなさい。勉強やスポーツはその次でいい。自分より他人を大切にできる人になりなさい」


穏やかにほほ笑むお父さんに、あたしは無言のまま椅子に座った。


『優しい人になりなさい』


それはお父さんの口癖だった。


そして、お父さん自身の事でもあった。


お父さんの名前は平仲譲(ヒラナカ ユズル)。


その名前の通り、お父さんは何でもかんでも人に譲ってきた。


だから、会社でも未だに平社員で同期で入社した人や後輩からもどんどん追い抜かされている。


悪い人ではないけれど、競争心がなく、まるで明彦のような性格なのだ。


あたしはそんなお父さんの性格が大嫌いだった。


社会に出ればどんなことだって他人と比較されるようになる。


仕事の成績でも、人間関係でも、時には見た目さえ比べられるようになる。


社会に出れば人に勝たなければいけない事が沢山待っているはずだ。


それなのに、お父さんは他人と戦おうとしていない。


他人に追い越されても、いつもニコニコとほほ笑んでいるだけなのだ。


悔しいという気持ちをきいたことが今まで一度もない。
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