お願いだから、つかまえて
大学を卒業して、印刷会社に就職して、小さな会社だったけれど、それなりに充実した毎日を送っていて。
だけど25歳の時、突然会社が潰れた。
驚いた。そんなことが、自分の身に起きるなんて思ってもいなかったから。
嘆いていても仕方ないから、慌てて派遣会社に登録して、運良くこの薬品会社に滑り込んだ。
配属されたのは営業部で、私は営業事務担当になった。
事務のスキルはあっても薬品のことはわからないし、会社自体比べ物にならないほど大きいしで、
目を白黒させながらどうにかこうにか働いている私に、
既に営業部エースと名高かった修吾が、本当によくしてくれた。
色んなことを根気良く教えてくれた。一緒に残業をしてくれたのだって、一度や二度じゃない。
会社に契約を更新し続けてもらえて、気づけば二年あまり経とうとしているのも、間違いなく修吾のお陰だ。
私は本当に感謝しているけれど、修吾は「一緒に居たかったから」、そんなことは大したことではないと言う。
驚いていたのは周りだった。
私が知っている修吾は、確かに誰にでも完璧な仕事を求めるけれど、声を荒げて怒ったりはしない、面倒見の良い人だった。
だけど、営業部内では、あの人の変わりようは何なんだと、騒然としたらしい。
本来彼は、人助けなどしない、他人を突き放すような物言いをする、冷淡な人物だった、らしいのだ。
それが私が入ってきたことによってみるみる彼が柔らかくなったので、部内のピリピリした空気が緩和されたと、感謝されてしまう始末だった。