お願いだから、つかまえて


「いやー、さすがですね、理紗さん、さっきの。」
「え? 何が?」
「彼と同じシャンプーなの♡ですよ。」
「ああ。」

長戸は無視して、私は理紗さんにだけ話しかける。

「理紗さんに対する発言に気をつけないと、という矢田さんの焦りをうまくフォローして笑いに変えつつ、私はもうあなたのものじゃないのよ、と釘をさすダブルの効果が…」
「あのねえ、いちいち発言を分析しないでくれる?」

やりづらいわ、と言うけれど、理紗さんと矢田さんは付き合っていたことを二人して程よくネタにして、風化のタイミングを待っている。そういうのも共同作業だし、やっぱり仲はいいんだな。

テーブルに置いていた理紗さんのスマホが震えて、"佐々木怜士"と表示された。
理紗さんはそれを見て、

「あれっ、どうしたんだろ、珍しい。ちょっとごめんね、もしもし怜士くん? うん…」

と、席を立ってしまった。

私は天敵と二人きり、残された。

「…理紗さんの彼氏って。」

数秒の沈黙の後、長戸が口を開いた。

「何者なんですか?」

うーん、それは気になるよねえ。
この間の歓迎会の後に現れた佐々木さんは、ちょっとこの会社にはいないような、王子系というか、線の細いインテリな、だけど独特の雰囲気のあるイケメンだった。

「なんか、IT系の。近々独立するとか、しないとか。」
「はあ。矢田さんを振って付き合う男って、どんなだろうと思ってたら、意外な感じで。芸能人の端くれじゃないかとか思ったりして。でも理紗さんがまさかそんな人と付き合うとも思えないし。」

まああの場に居合わせた人はみんな、概ね似たようなことを思ってるんだろう。

「んーだけど、あのイケメンっぷりは、時間限定ていうか、たまになるみたいよ。」
「は?」
「普段はなんかこう、冴えない、もっさい感じ。」
「………」

長戸の中でますます謎が深まっている。
けけけ。詳しくなんか、教えてやーらない。
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