お願いだから、つかまえて

「…あ、うん。あの、実はそうなんだよね…」
「社内公認だからー! もう矢田さんの溺愛ぶりすごいから。付き合い始めたのだって矢田さんの猛アタックなんですよね?」
「いや、まあ…そう、ともいう…かな…」
「結婚するつもりだって矢田さん言ってましたよ〜」
「いや、あの…友理奈さん…」
「あっ、トイレ行きたくなってきちゃったー理紗さん、連れションして下さいよ!」
「いや君、食堂でなんつうワードを大声で…」
「もー漏れる! あっ長戸さん、まだここにいる? ここにお弁当箱置いてっていい? 行きましょ理紗さん、私がここで漏らしたら理紗さんの責任問題ですよ!」
「ええええ…」

友理奈ちゃんに引きずられるようにして私は食堂を後にした。友理奈ちゃんはそのままトイレに向かわず、さっきまでいた営業部のフロアに私を突っ込んだ。

「何油断してんですか?」

無人であることを確認してから、友理奈ちゃんがぴしゃりと言う。

「…は。」
「あのね理紗さん、鬼の矢田はもういないんですよ。私が入社してきた頃よりあの人さらに丸くなってますよ。今や仕事ができて普通にカッコイイ、厳しいけど優しい営業マン、それが矢田さんのイメージなんですよ!」
「鬼の矢田…」
「て言われてたんでしょ?」

いやそのネーミングは友理奈ちゃんのセンスなんじゃないかな。
あまりの剣幕だったので、その言葉は飲み込んだ。

「しかも30歳独身なんて、腰かけで入社してきた女からしてみたら優良物件に違いないじゃないですか。油断してるとああいういけすかない女に持ってかれますよ!」
「す、すみません…」

何故謝るのだろう…謝るようなことしてるのか、私は?

「でも、友理奈ちゃんよくわかったね。あの子が修吾のこと気になってるって…」
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