お願いだから、つかまえて


電車に乗って、歩いて。
修吾の部屋まで、修吾はずっと無言だった。

はじめのうち、仕事は首尾よく片付いたの? とか、香苗本当に綺麗だったね、とか、話しかけていた私も、早い段階で諦めて黙ることにした。

逃げ出す気なんて全くないのに、腕をずっと掴まれていて痛かったけれど、それも言うのはやめた。

だから考える時間はあった。本気で取り繕おうと思えば、なんとかできたはずだった。

だけど、そんな気にはなれなくて。
もういいや、と投げやりな気分でもあった。
元々隠し事は向かないし、何より疲れていた。

朝から気を張り詰めて動きっぱなしだったというのもあるけれど、たぶん、佐々木くんと出会ってから、修吾と一緒にいたこの五ヶ月あまりの日々に。
慣れないことをして、気持ちはぐらぐら揺れっぱなしで、何をしても正しいと思えない、だけどそれは自分のせいなんだと、思い知らされる。
そんな日々に疲れた。

修吾は別れたいと言うかもしれない。
それでもいいかもしれない、と思った。
私は結末が欲しかった。
どんな形であれーー例えそれが一人になってしまうということでも、今の状態を、とにかく終わらせたかった。

だけど。

「あいつ、誰だよ。」

背を突き飛ばすようにして、私をリビングに放り込んだ修吾は、低い声でそう言った。
座りもせず、スーツのジャケットを脱ぎもせず。
蒸し暑い部屋に、冷房を入れることもなく。

「だから…佐々木くん。初めて会ったのは、お花見の時で…」
「ただの友達じゃないだろ。」
「…友達だよ。」

と、そう言ってしまったのは。
修吾の顔に、怒りに隠れて、まだ私を信じたいのだと、そういう希望を見てしまったから。
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