恋のお試し期間


デザートの前に締めのおにぎりは不味かったろうか。
矢田は「まだ食うのか」という顔をしていたが無視して頼んでしまった。
何を頼んでもあまりに美味しくて欲望のままに満腹になったら次は眠気が襲ってきた。
お店を出て荷物を持って駅へ向かう間からもうちょっとヤバくて欠伸がでた。

このまま電車の中で寝てしまいそうだ。そんな動き回った訳じゃないけれど。
これは精神的な疲れか。慣れてないことをいきなりしたから反動が凄い。
荷物を上の棚に置いて着席したらもうウツラウツラ。

2時間というのはぼーっとするには長いけれど眠るには短い。

「…コーヒー買いますけど、矢田さん如何ですか」
「ああ。貰おうかな」
「じゃあ買ってきます」
「お前大丈夫か?フラフラしてるぞ」
「眠気が凄いだけです…」

佐伯とのデートの時もそうだ。睡魔に負けて寝てしまって、
部屋まで彼に抱き上げあれたわけで。つまりは寝顔を思いっきり見られたということで。
どんな酷い面構えだったか想像したくもない。二度と同じ過ちはしたくない。

とろんとした目でフラフラしながらも席をたつ里真。矢田は小型のノートパソコンで
会社へ提出する書類を作っていたが此方を見て珍しく心配した。

「寝たらいいだろ。まだ時間あるんだから」
「でも寝顔が酷いと評判なんで」
「今更酷いとか言われても」
「やっぱりコーヒー買おう」

この人の場合は馬鹿にされる。絶対笑われる。

里真は小銭入れだけ持って通路へ。
確かさっき売り子さんが通った。その後を通っていけば買えるだろう。
時間が遅い所為かそれほど客は乗っていない。電車に揺られながら自分もふらつきながら
なんとか前へ前へと歩いていきホットコーヒーを2つ買う。これで眠気も覚めるだろう。

「飲みながら歩いてくるなよいい大人が」
「矢田さんのじゃないからいいじゃないですか。はいどうぞ」
「そういう問題なのか?」
「ふう。これで眠気対策は万全だ」
「とかいって寝るんだろ。お前の事だから」
「何か」
「別に」

なんて会話をしているうちに自然と会話がなくなり静かになって。
ただ隣でカタカタとキーボードを叩く音だけがして。
最初はよかったが徐々にカフェインが切れたのか里真の意識は
ゆっくりと薄れていって。


「…あ」

気づいたらやっぱり寝ていて次の次でおりる駅のアナウンス。
隣にはパソコンがあるだけで彼は居ない。里真の身体には彼の上着。
寝ている自分にかけてくれたのだろうか、
意外に優しい所もあるようだ。そしてほんのりと香水の香り。

「起きたのか」
「あ。ども。すいません」
「イビキ煩かったぞ」
「え」
「冗談。あと少しでつくから準備しとけよ」
「はい」

上着を返し自分の荷物を整理をしてゴミを捨てて。身なりのチェック。
ヨダレはたれてない。化粧が落ちても気にしない。彼も気にしてない様子。
そこまで意識もされてないし、別にいいだろう。
里真は大きく背伸びをした。
長く辛い戦いも終わった。あとは家に帰って風呂に入り寝るだけだ。
最後に何気なく携帯をチェックしたら未読のメールが1件あった。



「お帰り」

迎えに行くから時間を教えて欲しい、とあって。到着時間をメールした。
恋人との待ち合わせに急いでいた矢田とは駅ですぐに別れて、
里真は佐伯が待ってくれている駐車場へ急いで向かう。

「ありがとうございます、迎えに来てくれるなんて」
「里真に会いたかっただけだよ。声だけなんて、ね」

彼は笑顔を見せて里真を車に乗せる。里真としても彼に会えた事は嬉しい。
助手席に座ってシートベルトをしたら彼の顔が傍にあってそのままキスされる。
里真も彼に触れたくてそっと手に触れてキスに応える。

「…慶吾さん」
「君から男ものの香水の匂いがするのは俺の気のせい?」
「え」
「それとも香水変えたのかな」
「え。そうですか?最近は男の人でも香水キツめの人多いですよね」
「そっか。ごめん、俺焦ってるのかな。変な事を言って」
「いえ。……あの、…慶吾さん」
「なに」
「週末、その。お部屋に泊めてもらってもいいですか」
「え。いい、けど。こっちこそいいの」
「…はい。……お願します」
「うん。わかった。…楽しみ、だな」



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