恋のお試し期間



「矢田さんは将来の事とかってやっぱり考えてますよね」
「多少はな。でもしっかりとした何かがある訳じゃない」

おにぎりも食べてしまってする事がなくてただ闇夜を歩く2人。
何かしら話しかける方がいいだろうと話題を振ってみる。
邪険にされるかと思ったけれど普通に返事がかえってきた。

「私もです。目標を立てようとかああしようとかこうしたいとか思っても気が付いたら
夜になってて。疲れてなにも出来ないでごはん食べたらそのまま寝てしまって」
「朝になる、と。そんなもんだろ。目標なんか無理に立てなくても生きてはいける」
「でもそれって何だか虚しくないですか」
「結婚したら虚しくなくなるってか」
「そこまでは言いませんけど」

でも、ただ同じ日常を淡々とするよりは目標という刺激も必要ではないかと。
その目標を今まで達成できた試しのない里真が言っても説得力がないが。

「先のことまで考えるとか、興味ないな」
「それって今の自分で満ち足りてるってこと?」
「昔の自分よりはマシってくらいだな。今だって何も足りてなんかない」
「そう、ですか?でも昔の矢田さんって」

部活やらサークルやらやってて仲間も多いアクティブなイメージしか無い。

仲間も恋人も仕事も合って何が足りないのだろう?

「俺の事なんかどうでもいいだろ。ほっとけ」
「そんな意地悪な言い方しなくても」

不機嫌になってしまった矢田に里真は何も言えず沈黙ばかり。
もっとなにか会話をした方がいいのだろうが話題が見つからない。
矢田は仕事以外でそんなに怒ることはなかったのに。
何がダメだったのか。プライベートな話をしすぎた?

「こっから先は1人でも行けるだろ。明るいし。なんかあったら彼氏を呼べ」
「…はい」
「今のも嫌味でも何でもないからな」
「分かってます」

最後の分かれ道。まっすぐ歩けば里真の家がある。
電灯もある。怖くない。ここまで来てしまったら矢田にとっては
少し遠回りになったように思うのだが彼は何も言わない。

「心配しなくても人事だってお前が向いてないことくらい分かってる」
「あんまりフォローになってませんけど、でも、…ハイ。そう信じます」
「俺はこういうの得意じゃないんだ。だから何時も美穂子に文句言われてる」
「じゃあ美穂子さんに鍛えてもらってください」
「お前が言うなよ。…ま、なるようにしかならん事だ。くよくよすんなよ」
「はい」
「じゃ。お疲れさん」
「お疲れ様です。…今度はちゃんとしたもの奢りますから」
「期待して待っててやるよ」

少しだけ笑って去っていく矢田を見送り里真は家路につく。
真っ直ぐに足早に。家についたらすぐに母に夕飯をねだった。
こんな時間に食べると太るといわれたが構わず。でも量は少なめで。



『こんな時間まで仕事なんだね』
「そうなんです。大変でした」
『お疲れ様』
「慶吾さんはもうお部屋ですか」
『そうだよ。君に会えなかったから。早く声が聞きたくて』
「すみません」
『いいんだ。でも、無理はしないでね』
「はい」

雑に風呂を済ませ濡れた頭のままタオルだけ巻いてベッドに寝転ぶ。
電話をかけたらすぐに出てくれた佐伯。彼のやさしい声は癒しだ。

『遅い日は俺迎えに行くから。遠慮なく電話して』
「でも」
『1人じゃ危ない。タクシー代だって馬鹿に出来ないからね』
「はい。ありがとうございます」
『明日は会えるかな』
「大丈夫です。必ず行きます。私も慶吾さんに会いたい」
『よかった。君と会えない日が続いたら辛くて会いに行きそうになる』
「…慶吾さん」
『それにね。情けない事を承知でいうけど、せっかく君の心を得られそうなのに
また離れていきそうで。不安になるんだ』
「そ、そんなこと」
『分かってる。でもね、…君は可愛いから』
「大丈夫です。私は慶吾さんだけ」
『嬉しいな。ありがとう。好きだよ里真』

内心ギクリとしたけれどでも仕事で残っていただけだ。
会話だってそんな大したことは言ってない。だから大丈夫。嘘じゃない。
里真はそれから佐伯と他愛も無い会話をして、明日は必ず行くと約束して。
名残惜しく思いながらも電話を切った。



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