恋のお試し期間
紐解く過去



あの鉢合わせから暫くは里真にとって平穏な日々が続いていた。
あれ以上佐伯に聞くこともなくて、彼も特にどうとも思ってないようで。
里真は今自分が愛されて幸せならいいかと記憶の片隅に追いやって。

「…お、重くないですか?」
「全然」

入口には鍵。すべての窓はカーテンを閉めきって灯りも最小限にして薄暗い。

ちゃんと送るから最後まで残って欲しいと言われて店に残っていた里真。
何時もより早めの閉店で客も帰りバイトも帰り無人となってから席に案内された。
すぐ帰ると思っていたから不思議に思っていると新しい商品の試食、と言われて。
前も試食はしているし、それで納得したのだが何故か彼の膝に座ることになって。

「でも。あの。やっぱり、は、恥かしいので」
「どうして?もうここには俺たちしか居ないんだよ?」
「…お願します。あの、緊張して味どころじゃないから」
「仕方ないな。じゃあこっち」

静かな空間に2人きり、しかもこんな密着するなんて。
心臓の音が聞こえてしまうんじゃないかと思うくらいバクバクして。
里真は何とか彼の膝から逃れ椅子に座る。これで少しは安心できる。

「じゃ、じゃあ。改めまして」
「うん。どうぞ」
「……そ、そんな見つめられると」
「困る?」
「はい」
「分かりました。それじゃあ、お茶でもいれてきますか」
「ありがとうございます」

席を立つ佐伯。里真は緊張で喉が渇いていたから嬉しい。
接近されると嬉しいというより体が動かなくなるから困る。
それくらい男性との直接的な触れ合いが無かったからだけど。
いや、それ以上に佐伯のスキンシップが激しい。ここ数日特に。

「ねえ。里真」
「はい」
「今度の休みは開いてる?よかったら映画でも行かない」
「いいですね。行きます」
「良かった。お客さんに進められてさ。そんな評判なら君と行きたいなって」
「へえ、楽しみです。あ。お茶頂きます」
「どうぞ。熱いからゆっくり飲んでね」
「はい」

愚痴にも近い形で相談した弟曰く、

あんまりもったいぶると相手も痺れを切らしてどんな優しい人だって
機嫌を損ねるんじゃないか、

とのことだった。

彼の好意を受けて正式な交際を開始させるにはもう十分な月日は流れたはず。
キスも軽い愛撫も受けた今、もうお試しも何も無いと思うのに。

タイミングが分からない。

やはりあのデートの時にお泊りしていれば。と今更な事を考えて。



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