恋のお試し期間



「…今何考えてる?」
「あ。あの、美味しいなって」

唐突に聞かれてドキっとする。
自分の考えが読まれているような緊張感。
どうにも佐伯を前にすると必要以上に怖がりになる。

「そう。ありがとう。君が気に入ってくれたなら新しいメニューとして出すよ」
「え。そ、そんな簡単に」
「それよりさ。里真。最近帰りの時間が不規則なのはどうして?」
「仕事が増えたんです。私がもっとバリバリ出来たら早く終われるんだろうけど」

実はあれから嫌な予感がじわじわと迫りつつあった。

営業部への助っ人。

最初は泣くほど戸惑って1秒だって居たくなったけど、
少しずつ違う部署にも慣れてきて矢田以外の人の助っ人もしたりする。
ミスもあるけれどそれとなくフォローが入り苦笑いで許してもらったりして。

皆矢田のように鬼で一ミリのミスも許さないような厳しい怖い人だと思ってたのに

もちろんシビアな所なのだが、案外冗談なども飛び交う場所だった。

珍しいのかちゃんと里真を女の子扱いしてくれるというおまけつき。

このまま異動させられてもいいかもしれない、なんて思い始めたりして。

「そうか。大変なんだね」
「慶吾さんほどじゃ」
「俺は好きでしてることだし。そっか、忙しいんだね。遅くなるなら俺迎えに行くから」
「そんな」
「それで君に会う口実が出来るんだから。いいんだ。連絡して」
「ありがとう…慶吾さん」
「当然だよ」

そう言うと里真の頬を撫で優しく微笑みかける佐伯。

「はい」

里真も笑って微笑み返す。

「可愛いな。本当に、ずっと変わらないね里真は。あの頃のままだ」
「…そ、そうですか?また太ったかな」
「見た目の事じゃなくって。中身さ。素直で優しくて、少し鈍感」
「ど。……、慶吾さんはあの頃と少し印象違うかも」
「君との距離がこんなにも近づいたから。違うのは当然じゃないかな」
「そう、ですね」

あの頃はみんなの頼れるお兄ちゃんみたいな感じで。
誰とでも仲良くしてくれて誰にでも優しくて、ずっと笑顔で。
弟曰く里真には特別甘かったらしいけど。本人は無自覚。
そこが鈍感と言われる所以かもしれないけど。

今はこんなにも近くにいて私だけに微笑んで

恋人のキスをしてくれる。


「嫌じゃない、よね」
「は、はい。無いです」
「嬉しいよ。里真が俺の事受け入れてくれて。本当に嬉しい」
「慶吾さん」
「あ。ごめん。まだお試し中だったんだ。今の無しで」
「…いえ、その」
「ほら。もっと食べて感想を聞かせて。冷めちゃうよ」
「はい」

見つめられながら食事を終えて家まで送ってもらう。
予定より遅い帰宅になってもうすぐに寝ようと思う。

眠そうな里真に

ごめんね

と言って佐伯はキスをした。




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