恋のお試し期間



「いらっしゃいませ。久しぶりに顔だしたね」
「うん」
「何かあった?」
「別に」

翌日。

会社の帰り、お店に寄る前に久しぶりに三波の本屋に顔を出す。
噂はあくまで噂であって佐伯と三波の間には何もなかった。
彼女は付き合っていた、と言ったけれど。それは事実ではない。

と、思う。

別にそれで優越感に浸りたかったわけじゃない。

ただなんとなく気が向いて。

「幸せそう」
「幸せだよ。すごく」
「そう。よかったね」
「うん。またみんなとのみに行こう」
「そうね」

レジに座っていた三波は淡々と答えた。
別に怒っている様子もないし焦っている様子もない。
彼女は何時もクールで落ち着いていて、その心は覗けない。

「そういえばさ。三波、矢田さんって知ってる?」
「矢田?」
「そう。同い年の男の人で、ここからちょっといった所に住んでて」
「……」
「知らないよね。ごめんね変な事聞いちゃって」

同じ幼馴染でご近所の彼女ならとちょっと思って聞いてみた。
ただそれだけ。深い意味なんかなかった。

「……矢田誠人?」
「え。なんで。何で知ってるのフルネーム」
「あ。うん。まあ、ね」

里真の驚いた顔を見て何かハッとした顔をして珍しく歯切れの悪い三波。

「ねえ何で?」
「別に知ってたわけじゃなくて何となく答えただけなんだけど。
ほら、居るじゃない似たような名前の俳優」
「そ、そうなの?それにしてはすごい核心もって言ってなかった?」
「まさか。知らない」
「……そう」

にしては視線が泳いでいるし動揺しているような。
動きの殆ど無い三波にしてはおかしすぎる変化だ。
いくら鈍感と言われてもその違いは里真にも分かる。

「その人がどうかしたの」
「どうって訳じゃないけど。同期なんだ。会社の。で何かとお世話に」
「へえ」
「な、なに?その意外な反応。何か知ってるの?三波」
「別に」
「何か隠してる?ねえ教えてよ」

思わせぶりにそんな態度を取られたら聞きたいと思うのは人の性。
かけよって三波を問い詰めるけれど。彼女は視線を逸らすばかり。

「隠してないし。知らないし。あんたが佐伯さん以外の男の名前だすから驚いただけ」
「あ。いや、別にそういう気はないから。それに慶吾さんとは従兄弟なんだって」
「そう」
「あれ。もしかして知って」
「知らないって。買わないなら帰れば暇人」
「ひどっ」

出て行けと睨まれ渋々店を出る。
あれ以上粘っても三波の性格上教えてはくれないだろう。
それにあまりここで時間を費やしたらお店でゆっくりできない。



< 79 / 137 >

この作品をシェア

pagetop