恋のお試し期間



「あの」
「裕樹君?どうした?」

里真の家を出て車に乗ろうとした佐伯を呼び止める声。

振り返ると裕樹だった。

何処か思いつめた顔をしている。

「何やってもどんくさいし馬鹿だし家ではおっさんみたいだけど!
でもやっぱ姉貴は大事だから!だから…二股するなら別れてください!」
「えっと。…何の、話かな?」
「俺見たんです。さっき佐伯さんが…あの三波って人と2人で居るところ」
「……」
「ほんとはそういう関係なんでしょ?何時からそうなのかなんてどうでもいい。
ただ姉貴を悲しませる事しないでほしいんです!お願します!」

裕樹は搾り出すように声を上げると深く深く頭を下げる。
暫しの沈黙の後。佐伯は静かに裕樹の前まで来て。

「駄目だよそんな大きな声を出したりしちゃ。里真に聞こえたらどうするんだい?」

人差し指を口の前まで持ってきて薄っすらと笑った。

「佐伯さん」
「君は勘違いをしてるみたいだね。昔彼女と付き合ってたって噂があったのは
里真から聞いたばかりだけど。何もしてないよ、ただ偶然一緒になって歩いてただけ」
「でも俺聞」
「ん?何か、聞いた?」

でもその目は全く笑ってない気がして背筋がぞっとした。

「……」
「どうしたの?急に黙ってしまったけど」

口調は何時も通り穏やかなのだが。でも何か違うものも見え隠れする。
姉と話している時には見せない何かが。

思わず黙ってしまう裕樹。

「……あの」

言いかけた所でポケットの携帯がなった。見ると彼女からメール。
なんて悪いタイミングだろうとすぐに仕舞う。
視線を相手に戻すと今度は腕を組んでうんうんと頷いていた。

「偶然とはいえ確かに夜2人で一緒に居たら君も誤解してしまうよね。
でもね裕樹君。俺は里真を裏切ったりはしないから。愛してるから。
だからそういう事彼女に言っちゃ駄目だぞ。お姉さんは素直だから傷つく。
だからこそ君は俺に先に言いにきたんだろうけどね。賢い判断だよ」
「…佐伯さん」

彼は終始挙動不審になったり顔色を変えたりもせずに否定する。
ここまでしっかりと違うと言うのなら自分の勘違いかもしれない。
ただ、聞こえたの部分で佐伯の目が変わった気がしたけれど。

「どうだろう。これで、分かってもらえた?」
「……はい」
「よかった。じゃあ俺帰るね」
「はい。……すいませんでした」
「いいよ。俺も悪かったからさ」

何時もの調子に戻り車を止めてある場所へと向かう佐伯。
その後姿を見送る裕樹。

やはり佐伯さんはそんな人じゃない。

姉を裏切る事はしていないのだとそこだけは分かった気がした。

「はぁ。よかった。けど、佐伯さんってあんな怖い目するんだな。怒ってた…のかな」

ゾワっとしてしまった自分を落ち着かせ改めてメールの返事を打った。


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