恋のお試し期間



『今日も残業?』
「いや。今会社出た所だから」
『そっか。じゃあ、部屋で夕飯作って待ってていい?』
「いいよ。俺も何か買って行こうか。甘いもんとかさ」
『嬉しい。あ。お花も買って。貴方の部屋は彩が少ないもの』
「はいはい。適当に見繕って買っていくから。…美穂子」
『なに』
「…早く、会いたいな」
『も、もう。何よいきなり!恥かしいじゃない』
「最近何かと疲れることが多くてさ」
『そっか。忙しそうだものね。…私がいっぱい癒してあげるから。早く帰ってね』
「ああ。すぐ行く」

そんな会社を出る人の波に乗って矢田は外へ出た。

会社に缶詰になっていたせいか、都会の澄んでいない空気でも新鮮。
禁煙になって煙たさはなくなったがそれでもあの何とも言えない空気。
やはり大きなプロジェクトとあって緊張感は格別だ。

「矢田!」
「ああ。お前も今帰りか」
「どうだ一杯」
「悪い」

帰る準備を終えて会社の玄関まで降りてきて背伸び。
そこへちょうど同期が声をかけてくる。

「ははぁ。女だな?いいねえ色男さんは」
「ほっといてくれ」
「そういやあの子。名前なんだっけ。資料室行った子さ」
「ああ。何かやからしたか」

そういえばアイツを忘れていた。

「実はあの子を飲みに誘おうと思ってさっき資料室行ったんだけど。
仕事あるからって断られてさあ。あんなどうでもいい所で健気だなあ」
「……まだやってんのかアイツ」
「なあ俺ってそんな魅力ねえかな。どうしたら彼女が」
「じゃあな」
「え。ちょ。ちょっと」





ホコリっぽい資料室。
電気をつけても古い所為かウスぼんやりした灯り。
額から汗を流しながらもリストにある通りの資料をかき集める里真。
何処に何があるかなんて分からず索引も適当だったりして酷いものだ。
資料室というなの乱雑な物置みたい。でもこれが自分の仕事。

「え…う…うわああ!虫!…っ」

台に上って高い所にある資料に手を伸ばしたら虫の死骸が。
触ってしまって慌てて動転して地面にしりもちをついた。虫の死骸が傍に落ちて
悲鳴をあげたいが舞い散るほこりで出来ず。

ゴホゴホ急きこむばかり。

転んだ拍子に足の怪我を刺激したようでじんわり血がにじむ。最悪だ。




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