熱愛には程遠い、けど。

11 押して、引いて、待つ

 八月が終わってもまだまだ残暑は厳しく、蒸し暑い日々が続いていた。
 ここ最近の私は転職情報誌や就職サイトなどを使って、職探しの日々だった。契約が切れるまであと半年ほど。まだ半年あるけど、そろそろ本気で考えて動かなくちゃ。
「古川さん、ちょっといい?」
「え? あ、はい」
 お昼に出ていた宮下さんが隣の席に戻ってきて、私は机の上に広げていた転職情報誌を閉じた。
「ごめんね、昼休み中に。でも今しか話出来ないと思って」
「なんです?」
「さっきさ、営業部の知り合いからもらったんだ。コレ」
 宮下さんは一枚のハガキを私の机の上に置いた。
「なんですか? これ」
「映画の試写会だって。このハガキで二人行けるらしいんだけど」 
「え……」
 自分が望むような展開はナイとは思うけど……淡い期待を抱いてしまう。
 小嶋さんが宮下さんと何もないことが分かってからは、気持ちを伝えたいって言う焦りが減って宮下さんとの距離は離れず縮まず、つまり現状維持のままだったけどここにきて、一気に……!
「なんかね、彼女と行く予定だったんだけど別れちゃって行けなくなったから僕にくれたんだけどさ……これさぁタイトルからして恋愛ものでしょ? 僕だって一緒に行く人いないし、男同士で行っても気持ち悪いじゃん?」
「そうですね! ぜ、ぜひ……!」
「だから古川さんにあげる。日付が今日だから急だけど、誰か誘って行ってきなよ」
「……ですよね」
「え?」
 まぁ、そうなりますよね。少しでも、一緒に行こうと言ってくれるんじゃないかと期待した自分が馬鹿だった。
「私だって、誘う人いませんよ」
「え? でも古川さん……」
 宮下さんには、飲み会の日に雅史さんと別れようと思っている理由を他に好きな人ができたからだと伝えたきりだ。その後のことはまだ何も報告していない。
 宮下さんはイスに座ったままキャスターを滑らせ距離をぐっと縮めて小声で言った。
「黒木さんとはどうなったの?」
「……別れましたよ」
 こっちの気も知らないで。一気に胸の鼓動が増した。
「そっか……うん、じゃあ、コレ。使って」
 好きな人と一緒に行けってことだよね?
 待つ恋愛しかしたことがないけど、この人が相手じゃ……待ってるだけじゃ何も変わらない気がした。
「だから、誘う人いないんですってば。というわけで宮下さん!」
「は、はい!」
「一緒に行ってください」
「……へ?」
「今日は七時までに仕事終わらせましょ。私も残ります」
「え? 僕? 僕と行くの?」
「都合悪いですか?」
「いや、大丈夫だけど……」
「じゃあ決まりで。……お手洗いに行ってきます」
 席を立ち、部屋を出てふぅと息を吐き出して胸を撫で下ろす。
 強引だったかな……。
 急に自分の大胆な行動が恥ずかしく思えて、全身が熱くなってきた。
 完全に想定外、予定外。思いもよらない形で……宮下さんとの初デート、のようなものが決まってしまった。

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