熱愛には程遠い、けど。
「な、長いとは……何が……」
「何って、仕事よ、仕事!」
「あぁ! あぁ、仕事! えっと、春からなので……もうすぐ五か月かな……」 
「そっかぁ……アイツ、迷惑かけてない?」
「いえ、迷惑なんてなにも。とても親切で優しくて……」
「そ? 相変わらずね」
 ふふっとほほ笑む小嶋さんの表情に複雑な気分を覚える。その言葉、口ぶりから宮下さんと親しかったことが十分に伝わってくるから。
「さ、戻るかぁ!」
「あ、あの!」
 思わず、呼び止めてしまった。小嶋さんとこうして二人きりで会話が出来るのは最初で最後かもしれない、そう思ったから。
「んー?」
「あの……宮下さんとは」
「はい?」
「えっと、その……宮下さんと今……」
「宮下ぁ? あぁ! もしかして誰かに聞いた?」
「へ?」
「そうそう、付き合ってたのよ、昔」
 隠そうとする様子はまったくない。さらに自分が聞きたかったこと以上の返事が、返ってきた。
「結構長かったんだけどね。まぁ……フラれちゃった」
「え? 振られた……? でも、小嶋さんの転勤が決まって……それで」
「私は宮下に行くなって言って欲しかったの。でもアイツ、行ってこいって。別れることになってもそれでも行けって。まぁ……いつか海外行って仕事してみたいって話もしてたし全部私のためを思ってのことなんだろうけどね」
「そうなんですか……」
「なに? こっちでは私が宮下を振って転勤していったって話しになってるの?」
「ま、まぁ……はい」
「宮下らしいね」
 小嶋さんは口に手をあて、嬉しそうに微笑んだ。
「そういうことにしておこうっと! 私が振ってやったと。古川さん、今の話は内緒ね?」
「あ、あの……今は、その……宮下さんと」
「今? あぁ、ないない! 何年離れてたと思ってるの? あの時の気持ちはもうさすがにお互にないわよぉ。って……やば! さすがにもう戻らなきゃ!」
「ごめんなさい! 呼び止めてしまって!」
「ううん! またね! よかったら今度みんなで飲みに行きましょう! じゃ!」
 手を振ると、コツコツとヒールの音を響かせて行ってしまった。
 小嶋さんが立ち去ると、ふっと緊張がとけて足から崩れ落ちそうになるのを壁に身をもたれかけてなんとか耐える。
「私……」
 宮下さんに自分の気持ちを伝えてもいいんだよね?  
 結果はどうなるか分からないけど、今は諦めなくていい恋だって分かっただけで、それだけで幸せ。

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