Beautiful Life ?

08

 入社して三か月。絵里は仕事にやりがいと面白みを感じていた。

「小坂さん。今週末空いてる? 一課の女子社員みんなで駅前に出来たカジュアルフレンチのお店に行こうって話が出てて」
「もちろん行きます!」

 仕事場の仲間ともすっかり打ち解けプライベートで頻繁に食事に行く仲にもなっていた。
 仕事は楽しい、人間関係も良好。ただ一つだけ、気がかりなことがあった。

「小坂さんまた部長に飲みに誘われてたね。無理しないではっきり断ればいいのよ。困ったら相談してね。一人で悩まないで」

 頼もしい年上女性からの助言に礼を言って微笑む。
 三か月働いて分かったことだが松永の酒癖と女癖の悪さは部内でも有名で、そのターゲットは度々変わるのだとか。三か月間ずっとお気に入りで狙われ続けている絵里に、仲間からは同情されるほど。
 時々は松永に付き合って数人で飲みに行くことはあったが、はっきり断ればいいという言葉に勇気をもらって個人的な誘いには乗らないようにしている。たった一つの気がかりも深刻な悩みではない。絵里は順調な毎日を送っていた。

 三時間の残業を終え外に出ると空は真っ暗だった。白い息が夜空に消えていく。季節は冬になっていた。
 厚手のコートを着て、マフラーは必須だ。足早に地下鉄の駅に向かおうとすると背後から声をかけられる。

「小坂さん、お疲れ」
「部長、お疲れ様です」

 松永だった。並んで地下鉄の駅までの道を歩く。

「残業が解禁になって早速残業の日々が続いてるけど大丈夫?」
「はい。むしろ、残業が出来るようになって仕事が進むようになったので今は助かってます」
「年末だからね。しばらくは忙しいけど頑張ろう」
「はい」

 仕事をする上での松永は、上司としてはよく部下を見ている優しい上司だ。

「頑張ってるご褒美にこれから一杯どう?」
「こんな時間からですか? 明日も仕事だし帰って寝たいです……」
「ははは、そりゃそうだ」

 明るく笑う松永の隣で絵里も小さく微笑む。

「いや~小坂さんの顔を見るととりあえず誘っておかないとって思って」
「お約束のような?」
「そうそう」
「ふふ、あんまり飲んでばかりいると奥さんに怒られちゃいますよ?」
「ははは! その通り。今日はまっすぐ帰ることとしよう」

 最近では断ることにも慣れてきて、松永も断られることを分かって誘ってきているようだ。並んで歩く二人の雰囲気は仲のいい上司と部下。決して悪くはない。一時は松永の顔を見るのが苦になるほど落ち込んでいた絵里だったが、今ではもうすっかり彼の扱いにも慣れ、毎日接する中で悪い人ではないということが分かって絵里の中で松永への苦手意識は消えていた。

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