恋蛍~君の見ている風景~【恋蛍 side story】

わたしの見ている風景

冬の暮れ、インディゴブルーに灰色の絵の具を混ぜたような色の空から、まるで天使の羽根が空を切りながら、ゆっくりと舞い降りてくる。

閑静な住宅街はすっかり日も暮れ、街灯のあたたかな色のあかりが、降り積もった雪道を優しく照らしている。


「……あった」


札幌に住んで短いわけではないのに、こんな住宅街にこんな教会があったなんて、しらなかった。

6つのクーポルの聖堂はライトアップされているわけではないけれど中の明かりが漏れ出し、ロシア風のビザンツ様式の建物で、その佇まいはとても厳粛な雰囲気だった。

聖堂に続く正確な歩幅のまだ新しい足跡を辿って行くと、聖堂の階段の下にしゃがみ込み、祈りを捧げるように両手を組んでいる人の姿があった。


黒いダウンジャケットと背中に舞い落ちては滑り落ちる大粒のわた雪。
階段の片隅に置かれてあるのは小さなブーケ……いいえ、違う。

まるであの島の空のように濃い青色のプリムラとカスミソウの小さな花束。

一歩、また一歩、と近づくあたしの足音にさと気配にさえ気付かないほど、彼はこぢんまりと身を縮め祈りを捧げている。
というよりは、きっと、実の母親への想いを馳せているのかもしれない。


次第に雪の降り方がほんの少し弱くなり、上空に月が顔を出した。
月は絵に描いたような見事な下弦の月で、どこか遠慮がちに静かな住宅街にある教会をレモンイエローにほんのりと明るくした。

祈りを捧げていた彼の両肩が上下した。

「ぶっ、へっくし」

くしゃみ。
スン、と鼻をすする音。

海斗だ。
見つけた。

やっと……会えた。


「……ふぅ」

赤いマフラーの隙間から吐き出した吐息が、まるで朝もやのように白くけぶって、そして消える。

手を伸ばせば触れられる距離にあるその髪の毛が、肩が、背中が。
触れた瞬間、すべてが幻で、泡沫のように消えてしまう気がして、怖くて。

あたしは、今度は息を吐きださず、最新の注意を払って静かに息を小分けにして吐き出した。

そして、ゆっくりと息を吸い込む。

「……か……」


月明かりに照らされながら、一枚、特別に大きなわた雪がキラキラと繊細な輝きを放ちながら落ちてくる。
まるで、天使の羽根みたい。


その美しさに目を奪われていると……


「……あ」


彼の右肩にその一枚が蝶々のようにふわりと降り立つように止まった、次の瞬間だった。
< 233 / 242 >

この作品をシェア

pagetop