恋蛍~君の見ている風景~【恋蛍 side story】
「どうしてですか」


え? 、と榎本さんが首を傾げた。


「どうして建物や風景は撮るのに、人物は撮ろうと思わないんですか」


「人には感情があるからだよ。建物や風景には無い心が人にはあるから」


その鋭い眼光に思わず息を飲んだ。


「生身の人物を撮ると、その人の感情がはっきり写し出されるんだ、写真て」


お互いの視線が凍ったように止まる。


「写真は嘘を付かないから。真実を写し出すから」


この人の目には一体どんな風に映って見えるのだろう、と興味が湧いた。


例えば、東京タワーとか。


同じ建物を見てもこの人の目にはまるで違って見えるんだろうな。


「真実、ですか。なんだか怖いですね」


よく見ると、彼の瞳は氷のように済んでいて美しかった。


「人間の感情ほど美しいものも、汚いものもないからね」


でも、瞳の美しさの片隅にはどこか陰があった。


「その汚い部分を写すのが嫌なだけだよ。ただ単純にね」


そう言って榎本さんは弱々しく微笑み、ふいっと目を反らした。


寂しそうな微笑み方だった。


「榎本さんて変な人。何を考えているのか全然分からない」


「よく言われる」


つかめそうでつかめない彼の態度と仕草に困惑しながら、あたしはシートにもたれた。


彼の住処は青山の一角に隠れるようにこっそりとたたずんでいた。


小さな平屋の建物。

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