では、同居でお願いします
翌日から早速、社長専属の秘書として仕事を始めることになり、早めに出社した私に、一人の若い男性社員が声をかけてきてくれた。

「あなたが井波さんですね。社長から話は聞いています。私は諸岡仁(もろおかじん)です。社長の専属秘書です」

眼鏡に整えた髪、キリッとした雰囲気はいかにも有能な秘書然としているが、物腰はとても柔らかく、緊張が少しだけ解される。

「井波海音です。慣れないことばかりですが、どうぞご指導お願いいたします」

頭を下げると、なぜか諸岡さんは目を大きく開き、意外そうな表情を見せる。
何か失礼なことを言っただろうかと不安になったが、すぐに諸岡さんは目元を緩めて優しい笑みを浮かべた。

「秘書は案外ハードワークです。一緒に頑張りましょう」

諸岡さんの言葉に「はい」と返事をした途端、他の秘書の方たちが出勤されて来て、次々に紹介を受けた。


秘書室には何人かの秘書が働いていたが、社長・裕哉の専属秘書は諸岡さん一人だけで、今まで膨大な仕事を一人でこなしてきたそうだ。

「井波さんが入ってくださって私も助かっていますよ」

優しくそう告げる諸岡さんの言葉に嘘はないだろう。

スケジュール管理、来客の対応、資料の準備、整理、その他諸々。

特に裕哉は積極的に自分で動くタイプなので、秘書の仕事も大変忙しい。

「K社との打ち合わせを組んでおいてくれる?」
「T社の資料は過去三年分まで遡って出して欲しい」
「食事会を一度持ちたいからいい店の予約、頼むよ」

次々に出される指示に瞬時に対応していく諸岡さんの背中を見ながら必死に仕事を覚えていく日々で、気がつけば半月が過ぎようとしていた。
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