ブラックバカラをあなたへ
どれぐらいこうしていたのかは分からないけれど、彼に抱きしめられているこの状況に、少し恥ずかしさを覚える。




『あの、廻さん。私はもう大丈夫ですので、そろそろ…』




私が軽く手で押し退けようとするけれど、その分、彼の抱きしめる腕が強くなる。




『なあ。優奈は俺だけに愛されているのでは、満足しないか?』




その言葉に私は頭が真っ白になる。




愛されている?




私が、廻さんに…?




『えっと…廻さんは、私のことを、その…』




『愛している。俺は優奈を、誰よりも愛している』




『…っ』




"愛している"その言葉を、他でもない、あなたに言ってもらえたことが、すごくすごく嬉しくて。




幸せで。




私は涙する。




嬉し涙というものを私は初めて流した。




私はこの言葉を、ずっとずっと待ち望んでいた。




最初は、私の気持ちに応えてもらえなくてもいい。




ただ、彼の傍にいられるのならそれでいいと思っていたはずなのに。




本当は心のどこかで願っていた。




いつか、私を見てくれますように。




『私も、愛しています。誰よりも、廻さんを愛しています』




涙が止まらない。




この時間が愛おしくて、私は彼の背中に手を回す。




あなたとなら、私はきっと、自分の人生を好きになれる。




あなたに出会えたことが、私の人生で一番の宝物。




彼の手が緩まって、身を離す。




私の頬に、温い彼の手がそっと触れて、私の涙を掬いとる。




彼の目は、慈愛に満ちていて。




私たちは自然と優しい口付けを交わした。




もし神様がほんとうにいるのだとしたら。




彼と出会わせてくれたことに感謝いたします。




そして、どうか、この時間が末永く続きますように。




ーーーーけれど、神様が私の願いを聞き受けてくれることはなかった。




それから数ヶ月後。




彼は私の目の前で死んだ。
< 72 / 106 >

この作品をシェア

pagetop