ファッキンメディカルストレンジャーだいすき

僕たち今夜このまま

くそ仕事は、今日もはかどらない。

私が今、パソコンの前に座ってるのは、お金のためだけだ。私はおカネ・マシーンとなった。マシーンという響きがアンドロイド専務を思い出させて、私の心臓をクモの糸で縛る。キーボード、一打ち何円くらいだろう、と考えると、キーボードがすべて¥に見えてきた。¥はどん¥け¥¥ね¥ほ¥いん¥。こ¥¥ゃあ¥りが¥もく¥¥¥ない。¥¥¥¥¥¥¥¥¥¥¥¥¥¥¥¥¥¥¥¥¥¥。

「うっわ、センパイ、どしたんすか、それ。画面¥だらけじゃないすか」

「え、これそーやって読むの?」

「そうじゃないっすか?そんなことより、呼んでましたよ、松本さん」

「...!えっ!もうお昼?まじかー、全然進んでねえよー」

「知らないっすよー、とにかく松本さん、待ってましたから、先に行ったほうがいいっすよ」

「そだね、ありがと。じゃあ、お昼食べてくるわ。」

「うーっす、お疲れさまでーす。」と言って自分のデスクへと歩いていく彼は、私の五年後輩の、麻志賀谷 亮だ。
言葉遣いはバカっぽいが、かなりできる方の男だ。ほんとうに、一教えるだけで十覚えるから、教える身とすれば楽でしかたない。私は彼を陰で、物覚えの化け物と呼んでいる。

「あ、そうだ」といって振り向く。柔らかそうな猫っ毛。

「松本さん、小っちゃい弁当持ってましたよ。今日は期待できるんじゃないですか。」

「うーん、どうだろうねー。」

「今日も報告、お願いしますよ。僕も、『松本 道子を助ける会』のメンバーなんですから。」

「うーい、了解。じゃ、いってくるねー。」といって私は席を立つ。何が『松本 道子を助ける会』だ。面白がってるだけじゃねーか。道子はなあ。お前らを喜ばせるためにあんなんなってるんじゃねーんだよ。人の不幸でしか飯が食えねーのかよ。ばーか。

と、いらいらしている間に、彼女に会えた。彼女は、第二会議室の前で、私を探していた。キョロキョロ首を動かすたびに、首筋に皺が走って、ねじ切れる寸前のビニール紐みたいだった。手を胸の前で組んでいるのは、ガリガリに痩せた手のひらを隠すためだろう。肘にかけたお弁当箱入れの紐と、腕が同じ細さだった。

はっとした、その一瞬で、彼女は私を見つけた。おーい、と、手を振りながらこっちに来る。腕を上げるから、長袖の裾がめくれて、痩せた手首が少しだけ見えた。その少しの露出が、私は許せなかった。なぜ、こっちから話しかけなかったのか。私はこの一瞬を、一生をかけて後悔しよう。

おそいよー、真奈美ー

「ごめんごめん、仕事が片付かなくてさ。待った?」

もー、10分くらい待ったんだから。もうフラフラだよー。そんなことよりさー、ねえねえ、聞いてよ。真奈美待ってる間にね、王之内専務とすれ違っちゃったんだ!きゃー!

「まじかー。すげーじゃん!」

でしょ、でしょ、すげーでしょ!

「うんうん、良かったね。でも大丈夫?10分も立ってたら中庭まで歩けないんじゃない?いける?」

いけるいける。専務と会えれば、何日だって歩いていられるよ。

「ははは。じゃあ、そろそろ行こっか」

うん!

そうして私たちは、いつもの中庭へ向かった。彼女は時々私の方に倒れかけるので、私は左手で彼女を支えなければいけなかった。陽気に話す彼女の足は、もうすでに小刻みに震えだしていた。
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