甘いささやきは社長室で
「いえ全然。昨日のことは許してませんし許しません。チャラチャラしているのもどうかと思います」
見直す?
なんて言おうと女好きなのは事実だし、昨日いきなりキスをしてきたのも事実。それらはほんの少しのプラスじゃ足りないくらいにマイナスだ。
……だ、けど。
「……けど、折角買ってきてくれたケーキをダメにしたことと、最低呼ばわりしたことは、謝ります。……ごめんなさい」
ひどいことをしたかなとか、言いすぎたかなとか、そう思う気持ちもあるから。
顔を背けたまま、ぼそ、とつぶやいた私に彼はどんな顔をしているのかは見えない。けどきっと、先ほど同様余裕の笑みを浮かべているのだと思う。
すると不意に、指先でツンツンと頬を突かれる感触がする。
『こっち見て』と言うかのようなその行為に、呼ばれるように顔を向けた。
するとそこにあるのは、目を細め、嬉しそうに柔らかな微笑みを浮かべる桐生社長の笑顔だった。
いつものへらへらとした、余裕のある笑みとは違う。嬉しい、そう伝わってくるような優しい笑顔。
初めて見るその表情に、悔しいけれど心はドキ、と小さな音をたてた。
「……な、なんですか」
「マユちゃんって、結構ツンデレだなぁと思って」
「は!?」
本当、よく分からない人。
チャラチャラしているし、いきなりキスするし、からかってばかり。かと思えば実は真面目なところもあって、こんなふうに優しい笑顔を見せたりして。
こんなよくわからない人の秘書として過ごすなんて、苦労しか想像つかない。
けど、その不思議な魅力にちょっと惹かれてしまっている。そんな自分も、いるかもしれない。