甘いささやきは社長室で



「今日は外出の予定ありませんよね?気が散ると大変ですのでスマホもこちらで預かります」



そんな彼の胸ポケットから仕事用のスマートフォンをスッと抜き取ると、電源を落としながら言う。



「えぇ!?鬼!!」

「鬼で結構です」



反論も怒りもせず淡々とした私に、桐生社長は観念したように書類へ視線を戻し仕事を始めた。

その時、コンコンとドアをノックする音が響いた。



「三木です、失礼します」



そう名乗りながらドアを開けたのは、紺色のスーツに身を包んだ三木さん。今日も黒い髪に黒縁メガネがよく似合っている。



「おはようございます、三木さん」

「真弓さん、おはようございます……って、うわぁ!?桐生社長がデスクワークしてる!?」



それまでニコニコとしていた彼は、私から目の前のデスクにおとなしく座り書類を手にする桐生社長を見て、目を丸くして驚いた。



「三木〜。聞いてよ、マユちゃんってば厳しくてさぁ〜……」

「自分が何度言っても『書類関係は任せた!』ですぐ逃げていた桐生社長が大人しくデスクにいるなんて……すごいですね真弓さん!!やっぱり氷の女王の呼び名は伊達じゃない!!」



泣きつこうとした桐生社長を無視して、三木さんは激しく感動した様子で私の両手を握った。



ここまで言われるとは……よっぽど苦労していたんだろうな。

確かに桐生社長は大人しく社長室にいるより、動き回って人と交流をはかるほうが上手なのかもしれないけど。



三木さんは持ってきた書類を私に渡すと、「その調子で頼みます!」と後を託して去って行った。


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