籠姫奇譚
──後日、あげはは珠喜の元を去った。座敷持ちの籠女になるのだ。
こんな日が来ることを、珠喜は知っていた。だから特別驚きも、哀しみもしない。
いつも通り、狭い籠の中から外の男に愛想をまく。珠喜が妖艶な笑みを浮かべれば、堕ちない男などいない。
同じことを繰り返し、毎日こうやって過ごしていく。不変なのだと決めつけていた。
最後に逢った日から、貞臣は見世に顔を出さない。焦がれる気持ちだけが、珠喜の中でくすぶっていた。
「──珠喜、大切な話がある」
「何でしょう」
女将に呼び出され、珠喜は楼主の部屋にいた。
「身請けだ。お前は柏木の旦那に嫁ぐんだよ。いいね?」
「柏木の……旦那?待ってください。だって旦那は──」
柏木の旦那。
それは紛れもなく、貞臣の父親のことを指していた。
しかし珠喜は彼に会ったことなどなく、ましてや愛する男の父になど嫁げるはずがない。
「……若旦那の方ではないのですか?」
「残念だねぇ。昨日直々にいらしたのさ、旦那の方が」
女将は呆れ顔でため息をつきながら首を左右に振った。
あまりのことに、珠喜は声も出せずにいた。優しい貞臣の顔を思うと、涙が止まらなかった。