チェロ弾きの上司。
「お出ましか」

真木さんがスマホをポケットにしまい、ご夫妻に目をやった。

「真木さん、早瀬先生の旦那さんはどんな方なんですか……?」

「実家は超金持ち」

「はぁ。……それのどこがあたしたちと関係あるんですか?」

「祖父さんが相当のクラシックマニアだそうで、幼い頃から錚々たるレコードコレクションやら一流演奏家のコンサートやら聴いて育ってるから、おそろしく耳が肥えてるんだと」

……いやー‼︎
一部以外の素人の演奏は、さぞやお聴き苦しかったことでしょうに……!

「……そんな人がなんでこんな場末のアマチュアの無料コンサートにいらしてるんですか……?」

「夫婦して三神のファンだからだろ」

うひゃー。
三神さんすごい。

……って、ちょっと待った。
あたし、三神さんと一緒に弾いちゃいましたが……。

「……穴があったら入っていいですか……」

「終わったことだ。今さら気にすんな」

……そうですね。あたしみたいな地味なセカンドヴァイオリンは歯牙にもかけないに違いない。

「今のご職業は……?」

「投資ファンド経営。そのひとつで楽器の貸与もしてる。選定基準は自分の耳だっていうのがもっぱらの噂。設楽龍之介の楽器も彼のとこのだよ」

設楽龍之介さんは、あたしのヴァイオリンの先生、華子先生の息子さん。
今の肩書きは音大講師になるのかな?
たまに表舞台にも立ってらっしゃる。
知らなかった……。世間は狭い。
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