チェロ弾きの上司。
「真木さん、三神さんがお呼びですよ……」

あたしがそっと声をかけると、真木さんが顔だけをこちらに向けた。

「今行くって言っといて」

真木さんはまた天井を見上げる。

そんなわけにもまいりません……。
困ったな。

「あの、失礼ですが、緊張されてらっしゃいますか?」

真木さんは天井を見上げたまま、少し笑った。
いつもと違う、弱々しい笑顔。
うそー、初めて見た、そんな自信なさげな表情。

「久しぶりだからな、ソロやるの」

「大丈夫ですよ、合奏で失敗したことないじゃないですか。それに、カルテットの時だって、本番ばっちりでしたし」

わー、信じられない。あたしが真木さんを励ます日が来るなんて。

「カルテットの時か……」

真木さんはつぶやいた。

「しりとりでもしましょうか?」

「そんな気分じゃない」

……ですよね。

「じゃあですね、ヴァイオリンの先生から教わったんですけど、好きなもののこと、考えるといいんですって。真木さんの好きな食べ物とか、動物とか、何ですか? 具体的に味や感触を思い浮かべてください」

真木さんは何やら難しい表情をして考えている。

あらら。リラックスしてもらおうと思ったのに。

「あの、難しく考えなくていいんですけど……。直感で好きだって思うもので……」
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