チェロ弾きの上司。

エステティシャン様が帰られたので、あたしはうちわとお盆を持って応接室に片付けに向かった。
なぜうちわかって?
こもってるであろう、甘い香水の匂いを外に出すためよ!

見送りを終えた真木さんが資料を取りに戻ってきて、ドアを閉めた。
えー、せっかく換気のために開けておいたのに。

テーブルを布巾で拭くあたしの耳に、真木さんが唇を寄せた。

「妬けたか?」

のぁっ⁉︎
会社でそういうことはいかがなものかと思いますっ!

飛び退くあたしを真木さんは不満そうに睨む。

「何だよ。せっかく褒めてやろうかと思ったのに」

「はっ?」

「耳貸せ」

何でございましょう?

至近距離で見つめられ、内緒話をするように、小さな声で言われた。

「ルットゥオーソを出すあたり、さすが雅だ」

「……ルは少ないですからね。調べておいただけです」

「素直じゃないな」

「……たまたま、クライアントさんを邪険にできない響也さんにぴったりだっただけじゃないですか?」

ルットゥオーソ。
音楽用語で、『痛ましそうに。悲しそうに。』

響也さんはあの時、上司としてではなく、恋人としてあたしを見て、目で訴えた。
“オレを信じろ”って。

「……お疲れ様でした」

「彼女、音楽しりとり、2分ももたなかった。やっぱオレは雅がいい」

えへへ。そう言われると……。
なんて油断したのがまずかった。

な!
音を立てずに、ほっぺにちゅっとされた!
会社でそんなことするなんて!

「セセセセクハラですっ!」
「バカっ、声でかい!」



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