チェロ弾きの上司。


普段何気なくやっていることを人前でやるのは緊張する。
楽器も仕事も。

……ただいま、パソコンに向かうあたしの後ろには真木さんが立っていらっしゃる。

何でも、あたしの業務を把握し、時間短縮と効率化を図るとか何とかで。
あたしがルーチン業務を実際にやってるところを観察してる。
「面倒なこと、不便なことがあれば何でも言ってみろ」とのことだけど。
いきなり言われても、ねぇ?


「そこの表選択、ショートカットキー使える」

後ろから手が伸びてきて、ドキっとする。
近づくと、ふわっと香水の匂いがする。
ごくわずかにつけてるので、嫌な感じはしない。
いやいや。仕事中。

「それが、アウトプットのデータの途中に空白列が入ってるので、一発選択できないんです」

「それ。そういうことを聞きたい」

あ、そうなのか。


そんなことを何回か繰り返し、あたしが業務の説明を終えると、「ふむ、まあまあだが、改良の余地はあるな」などとつぶやき、ご自分の席に戻っていかれた。




次の日。
真木さんがあたしを自分の席に呼び、パソコンのディスプレイを示しながら、

「これ、作ってやったから使え」

とおっしゃる。

あたしがルーチンでやってる作業をエクセルのマクロを組んで単純化したり、アクセスのデータベースシステムを改良したり、他に不便だと申し出たことはほぼ解決してくれていた。

……これ、1日で?


「これでルーチン業務時間の10%は減らせるな」

イキイキとおっしゃる。

ご自分の仕事を振るために、部下の仕事を圧縮する。

鮮やかです。




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