かわいい君まであと少し
 気のせい。気のせい。
 席に着くと松本がこっちへ来た。
 来るな! 私の心の声は届かない。
「藤崎、久しぶり」
「久しぶり」
 パソコンのモニターを見て、松本の顔を一切見ないようにした。
「昼飯、一緒に食べないか?」
「ああ、ちょっと無理。由加里と仕事の話しながら食べる約束してるから」
「そっか」
 松本は私の素っ気ない態度を見て、あきらめたらしい。
 さりげなくこっちを見ている子たちの視線がすごく邪魔だった。
 松本を三日間うまくかわし、ホッとしながら駅に向かっている途中だった。
 急にすごい力で腕を引っ張られたのだ。振り向くと松本がいた。
「離してくれない」
「頼む、そこの喫茶店でいいから話がしたい」
 いまさら何を話せばいいのよ。こっちは早く帰って夕ご飯作りたいのに。
「ねえ、痛い」
「頼む」
「本当に話せば納得するのね」
「ああ」
「わかった。だから腕、離して」
 面倒だけど松本と一緒に喫茶店に入った。どこにでもありそうな、普通の喫茶店。
 すぐに動けるように、なるべく出入り口の近くに座った。そこならレジも近いから何かあれば、助けてもらえるだろうと思った。
「怜子、何か頼む?」
「私はいい。急いでるの。話ってなに?」
「やり直そう、俺たち」
「無理。私、今つき合っている人がいるから」
「え、誰だよそれ」

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