キミに恋の残業を命ずる
二駅ほど乗り継いでたどり着いたショッピングモールは、やはりカップルや家族連れで混雑していた。



「うう…ひどいな…」



思わずぼやくと、亜海が手を繋いできた。



「裕彰さん、人ごみ苦手でしょ?はぐれたら大変だから、手つなぎましょうね」



こら、人を子どもみたいに。

でもニコニコ屈託のない笑顔で言うあたり、素で心配してくれているのだろう。はいはい…と薄い笑みを浮かべて握り返した。



それにしても、本当にうんざりするくらいの人ごみだ。
これは本当にはぐれないよう気を付けないと…。


と思いつつ入った家具店は、またものすごく広い場所だった。





こう豊富だと迷ってしまって、ああでもないこうでもないと交わしながら店内を歩き回る。



「あのソファなんか、斬新じゃないか?…んーでもすこしリビングには大きいか…。あ、あれは?…いや、デザインが好きじゃないなー。別のコーナーに行ってみようか、ってあれ?」



けれども、しばらくして



「亜海?」



俺の後をついてきていたはずの亜海が、忽然いなくなっていることに気づいた。





しまった、まただ。





婚約して外出デートを繰り返すようになって気づいたのだが、あの子には軽い迷子癖があった。


これはあの子の性格上仕方がないことと言わざるを得ない。


この前の買い物では道を聞かれて、上手く説明できないから、と一緒にいなくなるし、その前は足の悪い人に付き添って迷子になる始末。


「やむを得ないときは断りなさい」と言ってもそれができないのがあの子のいいところでもあり悪いところでもある。

その博愛ぶりを集約して俺だけにそそいでくれないかと毎回痛烈に思うけど…まぁ…そういうところもたまらなく好きだから口には出せない。



スマホを出したがすぐにしまった。
「家に忘れてきちゃった」と数十分前のテヘぺロを思い出したからだ。

仕方なく店中を捜し回ったけれども、見つけられなかった。

道行くのは家族やカップル。たくさん人、人、人。闇雲に捜すのはかえって危険だろう。

こうなれば、迷子の呼び出しでもしようか…いやそれはさすがに恥ずかしい。俺が。

まったく…今度首輪でもつけておこうか…。



「まぁ、いいや」



俺はゆったりとソファに腰掛けた。



毎度のことだというのに、何故だか苛立ちはなかった。


この広い施設。何時間したら再会できるのかも見当つかない。けれど、不思議と焦りもなかった。

どこにいたって、俺たちは出会える。

そんな根拠のない確信があった。
あったから、いつまでだって待っていられるような余裕があった。


そんな自分に驚く。いつの間に俺はこんな悠長な性格になってしまったんだろう。
まるであの子の性格がうつってしまったようだ。



亜海はよく俺をやさしいと言う。

けれど、俺は別にやさしい方だとは思っていない。

むしろ、愛を知らず、人を毛嫌いし、独りの殻に閉じこもる方が楽と思う偏屈者だった。


それが、あの子と出会ってすっかり変わってしまった。
あのほんわか雰囲気にふやけてしまった、とでも言うのがふさわしいかもしれない。



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