レンタル夫婦。
1章:キッカケ
【3週間前】

私は、どこにでもいる普通のOLだった。
月~金。9時から18時。
決められたデータを入力して、時々は電話に出て。
ただただ淡々と、同じことを繰り返すだけの事務仕事。
やりがいはゼロだったけど、土日は必ずお休み、残業も少なめで特に苦に思ったこともなかった。
人間関係も良い方で、月に一回くらい飲み会をして。

そして、趣味も充実していた。
私のシュミ。
それは。
所謂、アイドルのおっかけ。

小学校の時、いとこに連れられて行ったコンサート。
そこで初めて見た自分とは違う生き物みたいな人達。

歌って、踊って、喋って、笑って。
ぜーんぶ、キラキラしていて、眩しかった。
子供心に、“あ、この人たちは自分とは違う”って感じた。
それからは似たようなグループの切り抜きを集めたり、親にねだって年に2回だけコンサートに連れて行ってもらった。
高校ではバイトを始めて、友達と一緒にコンサートへ行った。
大学になる頃には、友達は少しずつアイドルから卒業していったけど、私は逆にのめり込んで、FCに入会して、一人でツアーを回った。
SNSで知り合った人と語ったり。グッズを交換したり。
私は、アイドルが大好きだ。
誰担当ってわけじゃなくて、キラキラしてる彼らが好きなの。
贔屓のグループはもちろんあるけど、基本的には皆好き。

大学を卒業してもそれは変わらなくて。
少しヤバイかな? って思い始めた。
彼氏が出来てもイベントを優先するから長続きもしなくて。
でも、大みそかのカウントダウンライブは外せないし。
クリスマスやバレンタインのイベントもそう!

彼らは私の生きる活力だ。
彼らのために、働いていると言っても過言じゃない。

親には散々結婚出来なくなるって言われた。自分でもそう思う。
けれど、好きなものは好き! やめられない。
それが悪いことだとは思わなくて。
趣味のない人よりも充実してるって思っていて。

それがずっとずっと続くって思っていた。
例えば、30歳になっても、私はこのままなんだろうなぁ、って、ぼんやり。


そして26歳を過ぎ、周りが少しずつ結婚したり出産し始める頃。
そんな日常に変化が起きた。




その日は、いつもより少しだけ上がりが遅かった。
一時間だけの残業を終え帰りの準備を始める。
ふとスマホを見ると、知らない番号からの着信があった。
携帯を示す11桁の番号。
不用意にかけ直すのも怖くて、知らないふりをした。
用があればまたかけ直してくるだろう……そう、思って。

それからいつも通り電車に乗って帰宅する。
スーパーへ寄って、部屋に着き晩御飯を作り始めるとスマホが鳴った。

「またこの番号……?」

夕方見たのと恐らく同じ番号。
誰か番号を変えたのかな、と思って慎重に通話に出る。

「もしもし……?」
『おう、みひろか? 俺だ俺』
「…………」

通話口から聞こえる声。
聞き覚えがあるような、ないような。
おれおれ詐欺なんて言葉が一瞬過って、恐る恐る聞き返した。

「ごめんなさい……どちらさま、ですか……?」
『あ? なんだ、身内の声がわかんねーのか? 啓司だよ』
「けいじ……おじさんっ?! え、何で? 番号……」
『あー? この前の正月に交換しただろ? 登録してないのかよ』
「うん……ごめんっ! それよりっ電話、どうしたの?」
『おう。おまえ、この前会社が俺んとこの近くって言ってただろ? ちょっと会えねーかと思って』
「え、いいけど……電話じゃだめなの?」

進んでいく会話に、少し、面倒臭さを感じてそれを声に乗せる。
それが伝わったのか、通話口の声が真剣さを帯びた。

『あー……そう、だな。出来れば直接話したい』
「……んー、分かった。いいよ。いつにする?」

この伯父は、父の兄にあたる人だ。
ちょっと変わった所があって、何となく苦手だった。
それでもこんな風にわざわざ会いたいなんて言われては、父に何かあったのかと思ってしまう。
最近何だかんだと実家へ帰っていなかったから、尚更。

『――んじゃ明日の19時にガスタな。忘れんなよ!』

ぶつり、電話が切れた。
溜息を吐いてスマホを置く。
最後に会ったのはお正月だから……かれこれ8カ月ほど会っていない。

「話って……なんだろ?」

一人呟いて放置していた料理へと戻った。

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