私のエース
 「何か凄いね」


「偶然学校で再会した時は見る影もなかった。まるで別人だった」

先生はそう言いながら、胸ポケットから携帯を取り出した。
幸せそうに笑う女性に、ラブホで会った女性の面影はなかった。


「これがあるばっかりにスマホに変えられないんだ。未練がましいかな? 言い訳じゃないけど、放っておけなくて……」

先生は泣いていた。
きっとこの事件のきっかけになった同級生のお父さんが、この人の旦那さんではないかと思った。


あのラブホで遭ったグレーのスーツの女性……
父兄会や行事で見掛けただけの人なので、誰の母親かとは知らなかったけど……


(そうか……あの人が有美の新しい母親だったのか。そう言えばみずほに聞いたことがあった。『今度の有美お母様は、若くて凄く働き者で良い人なんだってさ』確かそんなこと言っていた)


やはり若かった。
まさか、先生が昔本気で愛した恋人だったなんて……
今も先生は、きっとその別れさせられた恋人を思い続けている。
俺は何時しか、叔父さんと先生を重ね合わせていた。




 みずほのお母さんはアルバムを持っていた。
訪れた人達に、みずほを感じて貰いたかったのだ。


何時までも忘れないでいてほしいとの意味を込めて。


「みずほお姉ちゃん死んじゃったの?」

アルバムを見ながら、運動会の日にトイレにいた女の子が言っていた。
俺は思わずその子を見つめた。


「君は今お姉ちゃんと言ったね?」


「うん。みずほお姉ちゃんイトコなの」


(あ、そうか……だからあんなに面倒見が良かったのか)

俺は不謹慎だけど何だか笑いたくなった。


俺はあの日、優しいみずほに恋をした。
そのきっかけになった女の子が、みずほのイトコだったとは。




 通夜の準備が静かに進んで行く。
紙の六文銭と白装束。
この世からの決別するための旅支度がみずほを飾る。


納棺師が死化粧をしようとしていた。
俺はコンパクトをその人に託した。


コンパクトを開けた時、あの文字に息を詰まらせたようだ。
暫くそのままでいた納棺師に、俺は首を振った。


「御両親は何も知らないんです。だからそのままみずほを……」

俺があまりにも辛そうだったからかなのか、納棺師は頷いてくれた。


そう……
せめて最期くらいは俺の贈ったコンパクトで化粧してやりたかった。


(みずほ愛してる!!)

俺はあの日言えなかった想いを伝えたくては、みずほを見つめ続けた。




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