Versprechung
「リラ、もう寝るのか?」

机に突っ伏していると、アドラーの声が聞こえた。半目開きになりながらうなずく。
するとアドラーは私の方に歩みより、女神像の方を指差した。

「だったらその前に、彼女に挨拶をしておけ。無礼のないようにな。」

彼女に挨拶するのは日常のこと。
のろのろと立ち上がり、目をこすった。
ふらふらした足取りで彼女の前に向かい、跪いて祈るようにする。

「おやすみなさい。女神様。」

呟いて、すぐに机の元に戻る。
彼女からのご飯を食べた後は、そう起きていられない。調子が悪いのは勿論のこと、急激な睡魔に襲われるのだ。
椅子に座り、再度机に突っ伏した。
意識はすぐに遠くなり、夢の中へと吸い込まれていく。
その際に聞こえるのは、アドラーが私を夢へと送り出す挨拶だった。

「おやすみ。」

眠った後は、何も聞こえない。視界の中にも何も映らない。
ただ、とても不思議な感覚に包まれる。
ふわふわとして、温かくて、まるで温室の中にいるようだ。
そしてたまに頭がぐらぐらする。ぐらぐらとして、山の上から下へと落ちるような感覚になる。
山と谷のある夢。
夢を見ると人はよく表現するが、自分の夢は感じとるものだった。
冷たさ、温かさ、数少ない感覚。
悪夢なのか、普通の夢なのか。常にワンパターンなので、よくわからない。
ただ、最後に落ちていく。
そこではっと目を覚ますのだった。

起きたときも不思議な気分だった。まだ落ちる感覚が残っているし、温室のような温かさも手の平に残っている。
ぼんやりとして、混乱して、必ずアドラーに話しかけられて自我を取り戻す。

「おはよう。」

彼は砂時計に寄りかかって座り、こちらに手を振った。
目をぱちぱちとしてから、高確率で私はいつも彼に質問を投げ掛ける。

「私が寝ている間、一日が経ったの?」

元々時間があるのかさえ不明だが、最近は食事をとってからすぐに眠ってしまうために、自信で一日をカウントすることができない。
いつ眠っているのかが不可解なアドラーに尋ねるしかないのだ。

「あぁ。昨日から今日まで、ずっとぐっすり眠っていたな。」

「あなたは寝たの?」

のんきに答えた彼に、更に質問を重ねる。

「うん。ちゃんと眠った。」

「本当に?いつも起きているように見えるわ。」

私がそう言うと、彼はからからと笑う。

「リラがロングスリーパーなだけだよ。」

むっとした。真面目に心配だったのに、からかわれた。
視線をアドラーから外し、頬杖をつく。

「あ、すまない!怒らせるつもりはなかったんだ!」

慌てたアドラーは、思わず砂時計の元を立ち上がった。とんでもない焦りようだ。
笑いをこらえ、若干肩が震える。
怒ってるように見せるのに精一杯だった。
焦りが行動に出たのか、彼は神父の服の裾を踏み、転倒した。「いって!」と彼の悲鳴が上がり、その情けなさにこらえられず私は吹き出す。

「こ、こらリラ!何笑ってるんだ!!」

アドラーの怒鳴り声がして、私はひーひーと言いながら目元の涙を拭う。だが、笑いは込み上げて絶えない。

「だって……ふふっ。」

「笑ってないで起こしてくれ!て、あっ擦りむいてる!!」

追い討ちをかけるように膝元の布に開いた小さな穴をみせられると、私はとうとう口を大きく開けて笑いだしてしまった。
アドラーはその様子にポカンとした。
驚いて、こちらの様子をうかがっている。
途端に、つられて笑いだした。
吹き出して、自身の失態を笑い飛ばしている。
込み上げ続ける笑いを治めようとしながら、辛うじて私は声を出す。

「あーあ、穴が開いちゃって……。それどうするの?」

アドラーは少しだけ苦い顔をして、穴を見た。
そしてどうもしないと首を振った。

「このままで過ごします。」

「だらしない!」

私がそう言うと、今度は困ったように笑う。

あり得ない話だが、服に替えはない。
しかし依然食事の際に汚してしまった後、一日が経てば汚れが落ちていた。
きっと日ごとに状態がリセットされるのだろう。
だから穴が開いたアドラーの服も、明日には元通りになるはずだ。
ますますこの世界が不思議に思える。

「アドラー、どうして服が次の日になれば元通りになるの?」

なんて、質問したことがある。
アドラーは少し考えた後、女神像に目を向けた。

「彼女が替えてくれているんだろう。」

私はムッとして口を尖らせる。

「また彼女の話?」

アドラーは口を開く度に、彼女彼女と女神像の話をふる。
始めの頃は気にならなかったが、最近はもう飽きてきた。

「よっぽど心酔しちゃってるのね。」

ふてくされた様子を悟ったのか、アドラーはすまないと謝った。

「彼女を指さないと答えられない。」

「どういうこと?」

意味が分からず聞き返すと、
彼は黙りこんでしまった。

……変な人。
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