Versprechung
目を伏せた女神像。
その白い無機物は、何もかもが赤く染まった部屋の中に映えて見える。

無数の窓、並べられた机、箱庭に繋がる扉。

誰も訪れない教会。

彼女を拝むのはたった二人だけ。

今日も私はシスターのような黒い服を身につけて、女神像……彼女を前に立っていた。
胸の前で両手を握り合わせて、祭壇の上から此方を見つめ続ける彼女に祈るようにして見せる。
すると彼女の前に置かれた赤い皿に、パンとスープといった食べ物が現れた。
それを取って、手前の机に移動した。
椅子に座って手をまた握り、食事をとり始める。
パンを口に入れた瞬間、その不味さに咳き込んだ。スープで流し込もうとして、スープの苦さにまたむせかえる。
吐き気の中無理矢理飲み込んだ。
彼女から出された食事はとても不味い。
楽に完食できるような物ではなかった。
だけどそれが私のご飯だった。私を生かす、食料だった。
でも日に日に体調が悪くなっている気がする。

私がここに来てから約2ヶ月。
特に、どのようにしてここを訪れたのかは覚えていない。
気がついてたらここにいて、食べ物を食べて過ごしていた。
朝昼夜といった時間の流れは分からない。
ただ一日を過ごして、疲れたら眠って。その回数を数えている。

でも気になる物が教会の中にある。
彼女が飾られた祭壇の両サイドに、巨大な砂時計があった。赤い砂の落ち具合は二つともほぼ同じ。管の天の方は1メートルぐらい中身があるのに、地の方にはまだ数ミリしか積もっていない。
砂時計の土台には、大きく「one year」と刻まれている。
どういう意味かは分からないが、不思議な文字だと思った。見ていて飽きないし、砂の落ちる所よりも文字ばかりを無心で見つめている。
one year……何を表しているのだろう。
私にとってその文字は複雑で怪奇なものだ。

でも絶え間なく落ちる砂時計は、まるで時間の経過を表しているようだと感じている。

吐きそうになりながらも、ようやく今日の食事を終える。
彼女に命があったら怒られてしまうかもしれないが、とても気分が悪くなった。しばらく落ち着くまでうずくまっていないと堪えられない。
深呼吸を繰り返し、何とか調子を良くしようとする。
一体食物に何が入っているのだろう。
少なくとも普通の食べ物ではない。

「リラ、大丈夫か?」

ふと、男の子の声が自分を呼んだ。
私はピクッと身動ぎ、声のした方へと顔を向ける。
そこには小麦色の肌をした黒髪の少年が此方を見ている。彼も私と同じような聖職者…神父に似た格好をしている。
私は冷や汗を拭いながら、ふっと息を吐く。

「彼女のご飯はとても不味いわ。食べたら気持ち悪くなるし、眠たくもなるの。耳鳴りだって聞こえるわ。」

「でもしっかり残さず食べたんだろう。ご苦労だな。」

少年は微笑んで、私の頭を撫でた。
それを受けながら、「アドラー」と私は彼の名を呼ぶ。

「あなたは彼女のご飯、不味くないの?」

少年…アドラーは少し肩をすくめるようにした。

「……不味くないと言ったら嘘になるが、食べれないものでもない。」

「素直に不味いって言えばいいのに。」

口をとがらせて私は呟く。

アドラーは、私より先にこの教会に住んでいる子だ。
女神像の前でまごついていた私に、自らの名を名乗り、話しかけた。
そして私をリラと呼んだ。
何も知らない自分は、自分の名を名付けられても、それが元から自分の名だと信じこんだ。
そしてアドラーを慕い、生活を共にしている。

アドラーは物知りで、教会のこと、箱庭のこと、ここでの生活について何でも教えてくれた。
それ以外の物もよく知っていて、疑問に思ったことなら聞けば答えてもらえる。
頼れる人物だと感じているせいか、彼といると兄といるような安心感に包まれる。
こんな狭い世界で一人になんてなれやしない。
つくづく、彼がいてくれて良かったと安堵を覚えている。

「彼女もきっと必死で食物を得たんだ。わがままなんて言えないだろう。」

アドラーはそう言って、祭壇の方へ歩いていった。彼女を前に跪き、胸の前で両手を握りしめて目を閉じる。
ぼそぼそと何かを呟いているが、声が小さくてよく聞こえない。何を言っているのかを尋ねても、彼は集中しているのか返事をしない。
つまらなくなって、私はふてくされた。
いつも彼はこれだ。アドラーは一日の半分以上を女神像のすぐ前で過ごしている。
箱庭に出る時、会話する時、寝るとき以外はほぼ祭壇に入り浸りだ。
何故そんなに長く彼は彼女といるのだろう。
彼女とは言え、命のこもらない像を前にして楽しいのだろうか。

頬杖をついて、窓の方を向いた。
ピカピカの窓ガラスには、向こうの景色とこちらの景色が二重に写る。
まずはこちらの景色。自分なのであろう女の子が見える。
後ろで一つに編まれた金色の髪、白いはだ。歳はなんとなく十歳ぐらいだろう。アドラーも大体同じくらいだ。
自分の顔は、まるでわるい病気にかかったような、蒼白で疲れきった顔だった。
見ているとぎょっとするぐらい不気味で、ついうなだれる。出来たらもう少し健康で血色のよい顔が良かった。
それにしても、自分とアドラーはあまり似ていない。兄妹というわけではなさそうだ。
ますますアドラーの存在が分からなくなってきて、こちらの景色を見るのは諦めてしまった。
次は外の様子だ。
窓の外は知っている通り、箱庭だった。
花は咲いていない。
灰色の芝ばかりが茂っていて、後は箱庭の外を隔てる黒い柵だけだ。
そこから見える外の世界は、それは黒く、灰色の深い霧が立ち込めている。
不安になる景色。赤い教会よりも鬱になる所。
隔てられていることがありがたかった。
あんな怖い所に行けるわけがない。行きたくない。
たとえアドラーと一緒でも怖くてたまらない。
箱庭に出たとき、あの世界からはひどい悪臭がした。
何かを燃やす臭い、錆の臭い、腐敗臭……。あの世界で何が起きているのかは知りたくもない。

そして、自分はここで暮らし続けると、そうとばかり考えていた___
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